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「私のクレスポ」とは、内田女子アナウンサーのフジテレビ時代のお言葉。 お気に入りのサッカー選手だけを応援し、その選手が移籍するとそれに合わせて、自分も応援するチームを乗り替えるというサッカーの応援スタンスを表す言葉として解釈する説が一般的だ。 その説によると「私のクレスポ」の応援スタンスの特徴は、チームよりも特定の選手のほうが大切だということのようだ。 ぶっちゃけチームの勝敗なんて関係なく、お気に入りの選手が試合に出て活躍することのが大事であり、試合に負けても愛する選手が活躍すれば、それで大満足なのが「私のクレスポ」的な思考と言えるのである。 さて、この「私のクレスポ」的思考は、当初は内田アナウンサー特有のものであるとされているが、そうではないという考え方も一部であった。 実はいわゆる海外組と言われる日本人選手を応援するファンの過半数に近い人たちが、「私のクレスポ」と同様の思考をしていたというのがそれだ。 特に1998年あたりから2006年くらいまでの期間に、その「私のクレスポ」的思考が多かったとされており、彼らのお目当ては「クレスポ」というラテン系マッチョマンではなく、細い目をした「関西の某漫才師・故やすし」似の日本人選手や、キノコのような髪形をしたミラクル大作戦であったのが特徴の1つとされている。 彼らの多くは、やすしやキノコだけが大好きであった。なので、彼ら以外のいかした選手たち、すなわちモルフェオやラモシやペトロフを毛嫌いする傾向があったばかりでなく、彼らの天敵ムトゥやプランデッリやコッツァを罵倒し非難し続けたのは有名な話。また、基点やバランスという言葉を必要以上に好み、たいした活躍もしてないのに大ヒーローに祭り上げることが得意であったが、それらの根本にあるのは「私のクレスポ」同様、チームの勝敗よりも、個人の活躍重視の考え方であるというのがその一部の考え方だ。 つまりどちらも愛情表現の違いはあれど、「私のクレスポ」的な思考スタンスであるという説がそれであるが、この説はあまりに猿が猿を殺す理論のためか残念ながら支持されなかったとされている。 ちなみに、ジーコ信者の人はジーコが監督だったからフェネルバフチェを応援しており、ジーコが辞めたらフェネルバフチェの応援も辞めたため、こちらも「私のクレスポ」と同じであると一部に指摘されたが、その指摘がどれくらい正しいものなのか現在調査中とのこと。っていうか私はあのスペイン人のじいさんを応援するつもりは毛頭ないです。 というわけで、クレスポ今までチェルシーに所属してくれていてありがとうございました。感謝してます。 そう言えば、1000回書き込み記念やるの忘れてた。まぁいいかぴょん。ピヨピヨ。 |
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| 内 容 | ニックネーム/日時 |
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フェネルからスペインの爺さんに繋げてきましたかw |
mosco 2008/07/05 07:29 |
だからいい年したおっさんが語尾にきもい言葉つけてはしゃぐんじゃねぇよ。 |
asdf 2008/07/05 11:21 |
>moscoさんへ |
doroguba 2008/07/10 23:32 |
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