doroguba*footballcolumn*

アクセスカウンタ

zoom RSS 岡ちゃん日本代表の方向性について考えてみる 必要なのは責任か?それとも馬鹿か?

<<   作成日時 : 2008/09/08 22:58   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 1 / コメント 1

■オッドマン?

チームには、優れた戦術と、理解し、忠実に従う10人の選手、そしてそれを無視する自由な個人が1人、必ず要るのだ。意味もなくドリブル突破をはかったり、パスを出すべきところでシュートを打ったりと、その行動が味方にすら予測できない馬鹿が1人いるからこそ、戦術に厚みが増す、という理屈である。
http://dancex2.cocolog-nifty.com/weblog/2006/06/post_ce73.html
オッドマンセオリーという理論がある。

7,8人のグループがあったとすると、全員が精鋭ばかりだと、集団はかえってあまりうまく機能しなくなる。

この中にオッドマン(奇妙な人・かわった人)が入っていると、かえってこの人物が緩衝材の役割を果たして、手段は活性化するという理論だ。
http://d.hatena.ne.jp/amigolatino/20070919

ずっと前に「ボーン・イン・ザ・USA誤読」でも紹介させていただいた「ぼくのweblog」さんから、今回も古いエントリーで恐縮ですが上の「オッドマン・セオリー」を引用させていただきます。

「オッドマン・セオリー」が正しいかどうかは私はわかりませんが、この理論からなんとなく思い浮かぶのは元アルゼンチン代表のソリン選手。アルゼンチン代表でもビジャレアルでもSBソリンは「自由」にプレイしていたように感じたわけですが、それぞれの監督がソリンをサイドバックで起用した理由はもしかしたら「オッドマン・セオリー」的なものだったのかもしれないと思ったり思わなかったり。

■ソリン?

たとえば、前半ビジャレアルの左サイドをインテルのサネッティが対角線に何度となく突破した。あれがロナウディーニョならば納得が行く。だが、リズムチェンジを交えただけのスラロームに、3人でも4人でも楽々抜かれるのはあまりに甘くないか。サイドアタックを警戒したビジャレアルが中にスペースを空けていたのは確かである。左サイドバック、ソリンのアウェイとは思えない無謀な攻撃参加――何せちょっと目を離すとトップ下まで行っている――にも助けられた。が、それ以上に体を当てに行く激しさ、執着力が欠けていた。抜かれたら他人任せにして足を止めてしまう。ファールでも何でも止めるのが、チャンピオンズリーグのシビアな舞台というものではないか。
http://doroguba.at.webry.info/200603/article_24.html

もうリンクは切れてしまってますが、当時、木村氏がソリンの無謀な攻撃参加を非難しておられました。まぁ、木村氏の指摘は理論的に考えると非常にわかるんですが、ここに「オッドマンセオリー」を絡めるとどうですか? つまり「優れた戦術と、理解し、忠実に従う10人の選手、そしてそれを無視する自由な個人が1人」として、その1人がまさにソリンだったと考えるとどうでしょう。なんとなく「ソリンをサイドバック」で起用する意味がわかる気がするじゃありませんか。って、ソリンは「オッドマン」というほどバカではなかったのかもしれないし、組織を無視していたわけでもないのかもしれません。守備しなければいけない時はしっかりとゾーンディフェンスしていたと思うし、いつも自由にフラフラとピッチを彷徨っていたわけではないとは思うのですが、「ここぞ」って時の自由奔放な上がりっぷり「=サイドバックからトップ下へ」は、きっとチームに「オッドマン・セオリー」的な刺激を与えた気がするんですがどうでしょう。

■内田選手?

さて、話は岡ちゃん日本代表。実はこのチームにも「オッドマン」に化ける可能性がある選手が1人いると思っています。その選手は右サイドバックの内田選手。まぁ、岡ちゃんは単純に「攻撃力」を買って普通にサイドバックの選手として起用しているだけの可能性が大ですが、私は内田選手にソリン的に振舞ってもらいたいんですよね。つまり「サイドバックからトップ下へ」ポジションチェンジするとか、「その行動が味方にすら予測できない馬鹿」な攻撃参加をどんどんしてもらいたいということ。それくらい積極的に自由にプレイしても全然大丈夫だと思うんですよね。アジアなら特に(笑)。岡ちゃんは左サイドバックに本来中盤の阿部選手を起用しているわけですが、この起用の意図って要は内田が上がったあとのスペースの穴埋めなわけでしょ? まぁ実際のところはわかりませんけど、内田を起用するなら「オッドマン」にさせるくらいじゃないと効果がないと思うんですよ。つまり内田に対してさ、「自由っていうのはね、自分勝手とは違うんだ、それは責任をともなうものなんだよ」とか言って下手に守備を強いるくらいなら、もっと守備が固い選手使ったほうがいいんじゃないってこと。たとえば「意味もなくドリブル突破をはかったり、パスを出すべきところでシュートを打ったりと、その行動が味方にすら予測できない馬鹿」なプレイを奨励すべきなのではないだろうか? って、たぶん岡ちゃん的には「内田=オッドマン」なんて概念はないんでしょうし、ピッチ上の他の選手にも当然、そんなアンチ・組織的な考えは微塵もないんでしょうが、私は内田選手をあえて「オッドマン」として起用する勇気が、岡ちゃんをはじめとする「日本人監督」に求められている考え方がするんですが、どうでしょう?

同質化した、規格品だけの集団は、大きく失敗することはないのかも知れないが、飛躍することもない。急激な変化に対しても、脆い。

 自由と自分勝手とは違う、と子供を諌める大人は、自由が集団にもたらす大変化を恐れ、保身をはかっているにすぎないのである。

 自由人は、共同体に対し一定のリスクを要求する。そのリスクを取らなければ勝利や進歩はないわけであって、個人が自由であることの責任の一部は、きちんと、共同体のほうで負うべきなのだ。
http://dancex2.cocolog-nifty.com/weblog/2006/06/post_ce73.html
サイド攻撃は、右サイドはやや問題があった。内田の上がりと中村俊とのパス交換。6月のオマーン戦では一つの形を作っていた2人だったが、バーレーン戦では内田の個人的な突破ばかりになってしまって、威力は半減。内田とのコンビネーションが機能すれば、中村俊ももっと自由にプレーできただろう。次に一緒にプレーする機会には、ぜひとも再確認が必要だろう。一方、左サイドは思わぬ収穫があった。左サイドバックは、本職ではない阿部が担当した。ウルグアイ戦の前半でも阿部は左サイドバックをやっていたが、左MFの小野が守備をしないこともあって、かなり突破を許していた。それだけに懸念もあったのだが、日本がゲームを支配していたこともあって、阿部の守備機会はあまりなく、逆に阿部が攻め上がってパスの精度の高さを生かしてチャンスを作る場面が多かった。http://www.jsports.co.jp/press/column/article/N2008090714212002.html

The RC SUCCESSION〜自由
人気blogランキングへ

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(1件)

タイトル (本文) ブログ名/日時
オッドマンセオリー
チームには、優れた戦術と、理解し、忠実に従う10人の選手、そしてそれを無視する自由な個人が1人、必ず要るのだ。意味もなくドリブル突破をはかったり、パスを出すべきところでシュートを打ったりと、その行動が味方にすら予測できない馬鹿が1人いるからこそ、戦術に厚みが ...続きを見る
mes que un club
2008/09/09 11:25

コメント(1件)

内 容 ニックネーム/日時
久々に興味深い文章を拝読しました。こういうのを読まされると、監督のやるべき仕事がいかに重要かあらためて気付かされます。ありがとうございました。
責任バカより馬鹿の責任
2008/09/13 10:34
岡ちゃん日本代表の方向性について考えてみる 必要なのは責任か?それとも馬鹿か? doroguba*footballcolumn*/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる