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zoom RSS ハルシティ戦を終えて

<<   作成日時 : 2008/10/31 13:37   >>

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いゃー勝ててよかったです。後半の途中からテレビで見たので、試合全体についてはよくわからないですが、多分にラッキーな要素があっての勝利だった気がしてしてます。早い時間帯での先制点が利きましたが、その先制点となったランパードのミドルシュートも、後半早い時間に生まれたアネルカの追加点も、どちらかと言うとチームとして相手を崩した形でなく、個の技術や相手のミスから生まれたゴールだったと思うんです。なので、そう言った意味ではラッキーだったと言いたいわけですが、まぁ、もともとサッカーとはそういう運に左右される要素があるスポーツな気もしますし、この試合をラッキーの一言片付けてしまうのはちょっと違う?

そうですね、じゃこう考え方を変えてみましょう。
ラッキーでなく個の決定力があった試合と。

つまり「ランパード、アネルカの決定力が高かったのが勝因」いう風に表現するのはいかがでしょう?

よく「決定力がない試合」って表現は聞くわけですが、その逆の表現はあまり聞かないわけでして。今回は、その逆転の発想で考えてみたって感じです。

常日頃思うんですが、私たちは「サッカーにおける決定力」というのを、どこかマイナスイメージに考えているところがあるんじゃないですかね。
というか、「決定力がある」という視点が欠如しているとでも言いますか。

つまり「ゴールはできて当たり前、出来ないチームが決定力がないだけ」というゴール楽観論が主流であり、その逆の「ゴールは難しい。なかなか取れないのが当たり前。QBKがデフォルトであり、ゴール出来るチームが決定力があるのだ。神なのだ」といったゴール崇拝論は少数派みたいな。
って、どうでもいい話ですね、そんなことは。

まとめますと、どんな形であれゴールはゴールですし、ゴールあげた選手こそが本当の神様。

ランパード神、アネルカ神、マルダ神ありがとう。

知ってます。その通り、もちろんサッカーは一人では出来ません。ゴールはチーム全員の力の結晶ですし、ゴールあげた人だけを神として奉ることは共産党の残骸からすればトンデモ理論なんでしょうし、反スターシステム開発者たちにとっては危険極まりない発想なんでしょう。

ただ、これだけは言っておきたい。サッカーでゴールするのは簡単ではないんだ。ゴールするのは特別なのだ。ゴールの数で給料変わったり、職を失う人もいるのだって。

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