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help リーダーに追加 RSS 「小沢健二はマービンゲイになれるのか?」的な話。

<<   作成日時 : 2008/10/11 00:12   >>

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■致命傷!!!

僕が聴きこむに至らなかった理由は、意図的なのかどうか大きく変化した彼の声質のせいだった。ソウルっぽくセクシーに歌っているんだけども、なんだかワザとらしかった。ボーカルだけが浮いちゃってたんだよね。そして、オザケンだけにそれは致命傷だった。http://under.moo.jp/singstyro/archives/000627.html

もう、これに関してはすごく同意なんですが、個人的にはこの「小沢健二はマービンゲイになれるのか?」ってことが、2008年のブログのテーマでした。それは単に歌がヘタクソでもソウルシンガーになれるのかという単純な問題であるんですが、テーマ的には「あきらめて別のやり方」を模索するほうがいいのか、それとも「ヘタクソでも目標に向かって行動すること」が大切なのかという2極論というか似非教育論的なものでした。答えはたぶんいろいろあるんでしょうが、たぶん優等生的な答えは「歌がヘタクソなら上手くなるように練習すべきだし、その上で自分の長所を見つけ生かす別の方法も模索すべきじゃん」みたいな、机上の理論的な話でまとめちゃったりするほうが都合がいいのかな?

ここらでサッカーの話に変換します。つまり、言いたいのはジーコは「日本人でもブラジルサッカーができるはず」と信じたわけだけど、それ自体が無駄な行為であったのかどうかってことなんです。日本人はサッカーがヘタクソなのでブラジルを目指すなんてことは愚の骨頂であり、もっと「別のやり方」を模索すべきだったのかみたいな。それがオシムがなんとなく言った「サッカーの日本化」と対極にあるものかどうかはわかりませんが、岡ちゃんが今やろうとしている「俺流の日本化」とはまったく違うものである気がしているんですよね。よく、ジーコと岡ちゃんは同じだ。だった、どちらも海外組み任せで、意味のないシュート練習しているじゃんみたいな話を目にするんですが、私はそんなことは無いと思っているんです。なんというか「根底」にある「考え方」が違うとでもいいますか。

■信じること

つまり、ジーコは「信じている」けど、岡ちゃんは「基本、信じてない」みたいな。ジーコは極論で言えば「日本人もブラジルサッカーができる」と信じていて、信じるがゆえに無策であり基本に忠実であった。一方、岡ちゃんは「日本人はブラジルサッカーは無理だし、欧州のサッカーも無理」と思っていて、そういう意味では日本人を信じてないと思うんです。でも日本人だって人間だし、きっと何かやり方があるはず、そういえばラグビーで昔そんな話があったよね。これって使える? オシムが言っていたのは、もしかしてこれ? おれって頭いい? よし、明日、選手たちに話してみよう。きっと感動して涙を流して俺についてくるぞ。まぁ、よくわからんけど、行き詰ったら「前線からプレスして5秒でシュート」という理論に戻ればいいじゃないか。でも、それ「山本のパクリじゃん」って言われたらヤダなぁ。そのあたりはゴニョゴニョって言葉を濁しておこう。そういえば「おれ流」とかって、いい言葉だな。ムフフ。って、すみませんUAE戦は見れてません。ごめんなさい。

■夢見たこと

さて破綻しそうだからサラリーキャップ制導入なんていいかもみたいな話が出ているみたいなんですが、どうなんですかね。まぁ、戦力が拮抗して「どこが優勝するか最後までわからない」ってのは、それはそれで楽しいかもしれませんよ。ただ、前にも書いたけど、NBAはジョーダン、ピッペン、ロッドマンがいた頃のシカゴが強かった頃のがやっぱおもしろかったと思うし、戦力が拮抗したからそれがすなわちおもしろいとは言えないと思うんですよね。ほら、こういう話もあるみたいですよ。

「サラリーキャップ制」の下では、何人かの例外を除いて、チームの中心選手でも年俸5000万円程度が限界だった。それぞれのチームが、独自のスポンサーや投資家から資金を得てその枠外の選手を雇用できるというのが、新しい規則だ。その規則は、いまや「ベッカム・ルール」とまで呼ばれている。最初にこの規則を利用して世界のビッグスターを獲得したのがロサンゼルス・ギャラクシーであり、ペレやベッケンバウアーの時代から四半世紀以上を経てアメリカでプレーすることになった世界のスーパースターが、ベッカムだったからだ。
http://sports.nikkei.co.jp/soccer/column/osumi.aspx?n=MMSOca061016012007

「ベッカム・ルール」ってのが今後ヨーロッパが目指すスタイルなのかどうかはわかりませんが、少なくとも単純なサラリーキャップよりはこのほうがまだマシな気はしますね。で、あとプラティニがアイデンティティという名の下の鎖国論をこれ見よがしに展開しているみたいですが、そんなプラティニにぜひ聞いてみたいんですよね。「ボスマンとは何者だったのか」的なことを。

■夢見る乙女

まぁヨーロッパ人とアフリカ人では「違う」というかもしれませんが、その違いは肌の色の違いだったりするんでしょうか? それとも大陸などの地球規模の距離的問題だったりするのか?

まぁ確かにプラティニが言うように小沢健二はマービンゲイとは全然違いますよ。でも、別になれなくても「夢見る」くらいは、いいじゃん。オリーブ少女たちみたいに。

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