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zoom RSS プレミアリーグ「ボルトン対チェルシー」超雑感 トップ下とアンチェロッティと地蔵の関係

<<   作成日時 : 2009/11/02 22:19   >>

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■ロスタイムといえば“ファー○○ン・タイム“?

前半はボルトンの中盤の守備もよく、かなり厳しい戦いを強いられましたが、ロスタイムのPKゴール&ボルトン・DF一発退場が試合を決めました。

ロスタイムのPK奪取シーンはカウンターから生まれたわけですが、バラックのスルーパス&ドログバのトラップがよかったのはもちろん、その前段階のデコからバラックへ出したパスが素晴らしかったなぁと思いました。本日は、まず、それについてから。

■トップ下万歳!

デコの何が素晴らしかったって、その「トップ下的」な技術とアイデアと視野の広さが素晴らしいいなぁと。「トップ下」と言えば古くはバッジオやマラドーナ、日本では大空翼くんや中田英や小野シンジくんらが思い浮かぶわけですが、そういうある意味、古き良き10番タイプの選手が繰り出す、テクニカルな魅せるスルーパスがこのシーンで見ることができたのは、我々フィジカルプレイ至上主義者の塊であるチェルシーファン的には嬉しい愕きだったのではないでしょうか。

もちろん、我々チェルシーにだってラニエリの頃からジョ−・コールという芸術作品がいましたし、そのもっと前には伝説のプレイヤーゾラという国宝品のプレイヤーも在籍しておりました。なので、この程度のプレイを取り上げて「デコの芸術はすごい。小野のサーカスプレイ以来の衝撃だ」なんてチヤホヤするのは、確かにわざとらしいと言われればその通りなんです。ですが、今回はそれを承知で“わざと”そう大げさに、あたかも浦和吊るし上げ番記者の如く書いている部分もあるわけです。なぜか? その答えは今期から展開しているアンチェロッティ監督が採用するフォーメーションに関係があるからです。

■好きだから?

アンチェロッティは開幕から今までのところミランのときと同様な「4−3−1−2」とか「4−3−2−1(クリスマスの木)」とかいうようなフォーメーションを採用しております。何でそれを採用しているのかはわかりませんが(きっと好きだから)。何はともあれ、そのアンチェロッティのサッカーの元では「古き良き10番様」の居場所があるわけでして。その「10番様がいるサッカー」を語らずして、今のチェルシー・サッカーを語るのは「●手落ち」と罵られても仕方がない気がするからです。

■トップ下とプレミアの関係

さて、ここで話をフォーメーション&システム方面に脱線したいと思いますが、なぜモウリーニョ以降のチェルシーでは、このトップ下というフォーメーションを採用してこなかったのでしょうか? 同様に、なぜユナイテッドのアレックス“ザ・ファ−ガソンタイム”ファーガソン監督や、アーセナルのアーセン“勝っているけど背広の上着投げつける”ベンゲル監督も「トップ下」システムを採用してこなかったのでしょうか? まぁ理由はいろいろあると思われますが、極論で言えば3人の監督にとっては「トップ下いらね」ってことだったんでしょう。「トップ下置くくらいだったら2トップのがよくね」とか「トップ下置くと“4−4”ブロック守備できないからいらね」とか「うちはサイドハーフがトップ下みたいなもんだから、別に嫌っているわけじゃない」とか「ウイング置いて、さらにトップ下置くと攻撃的過ぎる」とか、たぶん理由はいろいろあったとは思うんですが、理由は何にせよ、きっと「トップ下を配置することにそれほど利益を感じなかった」ということであったのではないでしょうか。合わせてプレミアリーグが「フィジカル至上主義」なところも多少はあったのかしら? というか、そもそも「トップ下できるような選手が少なかった」みたいな感じ? トップ下論については話が長くなりそう&まとまらなそうなのでこのくらいにしますが、要は「アンチェロッティのトップ下システム」が、この得点を生んだのではないかと言いたいわけです。

■サッカーに地蔵とは、日本特有の表現なのか?

ちなみに、この試合でデコは「ランパードとポジションチェンジした」という噂があります。また、アネルカが自由奔放にポジションを変えるため、彼も「トップ下的な役割を果たしていた」と主張するのもありなのかもしれません。つまり、この試合のチェルシーではデコ・ランパード・アネルカという3人トップ下的であり、しかも、それぞれが「地蔵でなくオシムが嬉しがるくらいにピッチをくまなく走り」、「湯浅氏が絶賛するくらいに守備の意識もあった」ことがアンチェロッティ・チェルシーのここ数試合のすばらしい結果につながっていると言えるのではないでしょうか?

■戻る意識

さて、話をボルトン戦に戻して次はチェルシーの守備陣について。無失点は立派でしたが、実はこの試合、何度か失点しそうな場面もありました。テリー&カルバーリョのCB2人はがんばってはいましたが、試合前の懸案事項でもあったボルトンのデービス&エルマンダーの2トップの高さに手こずり、何度か決定的なシュートシーンを演出されてしまったんですよね。ただ、それでもゴールを許さなかったのは、最後の最後のところまで諦めずに戻って守備いたからでしょう。その守備の意識が相手のシュートミスにつながっていたように感じました、まぁ相手のシュートがヘタレだったこともあるんでしょうが。そして、その「戻る守備意識」に関して言えば、CBのみならずイバノビッチやエシエンも素晴らしいカバーリング守備プレイを披露していたのも素晴らしかったです。それらのプレイから改めて「チェルシー全員の守備に意識の高さ&各自の守備の仕事を見つけるうまさ」を感じた次第ですが、コレができる間は自ずと勝利という結果もついてくることでしょう。

■控えのサイドバック陣

この試合はサイドバックのレギュラー陣が怪我で、イバノビッチ&フェレイラが担当してがんばっておりましたが、特に右サイドのイバノビッチは素晴らしかった。守備はもちろん攻撃が様になってきたのは嬉しい限り。サイドで慣れてきたところもあるんでしょうが、攻撃時の積極性(ドリブル突破)と、攻めに転じるときのタイミングの見極めは素晴らしかったと思いました。もちろんセンタリングの精度とシュートの精度ではボシングワに一日の長があるとは思いますが、守備力とのトータルで考えるとどちらがレギュラーと言えない感じもします(って、ボシングワはメッシ封じという勲章があるから、やっぱ彼のが○か)。フェレイラは攻撃はまったくダメでしたが、怪我からの復帰ということを考えれば十分に合格点は与えられることでしょう。

■DFの裏を狙うこと

ドログバとアネルカ。解説の永井氏が「偉大なストライカーなのに、いつも“DF裏を狙っている”ところがすばらしい」的なことをおっしゃっていた気がしますが、それは考え方が逆で「偉大なストライカーだからこそ、いつも“裏を狙っている”」んだと思うんですよね。まぁ言葉のアヤではありますが。で、この試合では2人ともシュートをことごとく、ボルトンのGKヤースクライネンにストップされておりましたが、まぁ「そういう日もあるさ」という感じで気分を切り替えて次の試合でがんばってもらいたいところです。まぁ、アネルカのシュートがちょっと正面過ぎる感じがするのが気になるところですが、「バラックの宇宙開発」に比べれば全然マシなのかもしれません。ドログバの「GKと1対1での外しっぷり」も気になるといえばそうですが、もともとそんなにテクニックがある選手ではないので、それは仕様というくらいに考えるのがベストなんでしょう。

■なぜ交代無しだったのか?

最後にアンチェロッティ采配について。この試合では1人も選手交代無しでしたが、それはやはり「来週のユナイテッド戦を見据えての戦略」ということなんでしょうか? まぁその前のカーリングカップが控え中心でしたし「あまり休ませると試合感が狂っちゃう」ことを危惧して90分同じメンツで通したのかもしれませんが、そうではなく「CLアレティコ戦→週末ユナイテッド戦」という厳しい連戦を考慮した壮大なるローテーション大作戦の序章だとするなら、それはそれで支持したいと思う次第です。もちろん結果が伴わないと、それは愚作と罵られることになると思うわけですが、たぶん大丈夫。きっと我々を、すばらしい世界へと導いてくれることと信じています。
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たぶん、ほとんど変わらないだと思う。
ほんのちょっとした違いだ。ミリ単位、何秒かの差。
その差が大きいと考えるべきなんだろう。
その差を「違いはない」と考えるか、「大きな差」と考えるかという違いなんだろう。
2pac feat anthony hamilton - Dear mama (remix)

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