■PART1:欧州CL「ポルト対チェルシー」戦雑感「ニコラは試合を読む力が素晴らしい。私たちにとって大事な選手だ。彼は時にはストライカーとなるが、時には中盤での仕事も手伝うことができるね」http://news.livedoor.com/article/detail/4470645/ 「試合を読む力」とは、さすがアンチェロッティは素晴らしいこと言うね。まさにその通りだと思いますが、それ簡単に言えば「状況判断」能力に長けているということなんでしょう。今、ピッチで何をすべきかを常に的確に察知して、それを遂行できる能力が素晴らしいと言うこと。で、その状況判断能力の発展系として、アネルカは「時にストライカー」になったり「時に中盤」になったりするわけだ。それをかなりの確率で的確に。つまりチーム的にストライカーでいてほしいときにストライカーでいて、中盤の選手でいてほしいときに中盤となれるみたいな感じ? まぁ、アネルカに限らず、すべてのサッカー選手は状況判断の産物で動いていると思うので、別に特別なことをしているわけではないと思うんだけど、その「状況判断の認識力」&「状況判断によるアクション」が高みで安定しているところが「試合を読む力がすばらしい」と表現することなのかもしれません。 ■何をもってベストとするか?というわけで、遅くなりましたがポルト戦について簡単に感想を。アンチェロッティはほぼベストな布陣を組んできますが、これは「トップ通過を狙うため」というのはもちろん、ミランラボもどきの分析で、この試合に出ても週末のアーセナル戦に特に影響なしと判断したからなんでしょう。といってもエシエン&アシュリーはベンチだし、ランパードは怪我でベンチ外というわけで、厳密に言えばベストではない。まぁ何を持ってベストとするかは議論の分かれるところであると思いますが。 ■前半前半はほぼ互角の展開。どちらかと言うと、ミドルシュートを打てていたポルトのほうが若干押していたと表現するほうが正しいか。両チームとも既にグループリーグ突破を決めていたこともあり、無理して攻めてなくてもいいんじゃね的な感じでした。合わせて、そのメンタル面の影響だけでなく、チェルシーは攻撃の核である「ランパード&エシエン」というパスの配給者と、「ボシングワ&アシュリーコール」というサイド攻撃の要人がいなかったことも影響。パスはつなげるんだけど、崩す形が作れないみたいな感じでなかなかシュートまでの形を作れません。もちろん“試合を読める”アネルカを中心に、何度かはいい形も作れていたシーンもあリましたが、バラック&デコの調子がイマイチなところもあり、ポゼッションから崩すのは難しいと思わせる前半の戦いぶりという感じでした。あわせて守備では「最後の要所」はきちんと押さえていたものの、中盤のアタリが遅く&弱かったこともあり、ポルトの中盤にミドルシュートを狙う余裕を与えてしまっていたのはいただけなかった。相手がもしアーセナルだったら、確実に虐殺されてましたよ。でも相手はポルトだから大丈夫だよ。バー直撃は食らうけど。ってわけで前半終了。 ■後半後半。修正したというより気合を入れなおしたのか、チェルシー攻撃陣が左サイドを中心に前半よりは機能し出す。マルダがランパードの代わりの中盤というよりも、サイドハーフ的にサイドでプレイするシーンが増え、そこからチャンスを演出。これは流れの中からなんとなくマルダがサイドハーフ的になったのか、それともアネルカ的な状況判断でマルダがポジションを自らサイドハーフ的に変えたのかは議論の分かれるところかもしれませんが、その両方がうまくミックスされたというのが正解ですかね。そんなマルダの自己主張によって、それまで遠慮がちだったジルコフの攻撃参加も、ほんのちょっぴりながら機能し始めた後半の24分。チェルシーに待望の先制ゴールが生まれます。 ■ゴールシーンカウンター気味でデコからエシエンにボールが渡り、エシエンはその馬力あるドリブル突破でペナルティエリアちょい手前まで前進。そこでちょいスピードを緩めて、左サイドを攻めあがるジルコフへパス。ジルコフ→マルダの関係でサイドを崩し、そのままマルダが、岡ちゃん日本代表が羨むような“矢のようなセンタリング”をGKと最終ラインの間へ通すと、それをアネルカがダイレクトで頭で押し込んでゴール。ポルトのDF&GKは唖然&お手上げ状態でした(でも、それでもちょっぴり線審が旗を揚げてないか確認しちゃうのは、DF選手の悲しい性ですかね)。このゴールで勝負あり。あとはチェルシーが適当に流して0−1のままタイムアップ。チェルシーが見事にグループリーグ1位通過を決めます。 ■まとめ前半は守備で危ういシーンもありましたが、終わってみればシャットアウトの勝利ができたのは評価。シーズンこの時期に、「1点取れたら勝てる」というスタイルを確立しておくのは悪くないし、何らかのタイトルを獲得するためには必要なことかなと。攻撃では後半サイドから崩せていたのはよかったです。4−3−1−2だとサイド攻撃はサイドバック1枚になりがちなんですが、この試合のマルダやアネルアのように、“状況によって”中盤やFWの選手がサイドのスペースへ動いて「サイドハーフ的」にプレイできるか否かはチェルシーの攻撃の1つのポイントなんですよね。で、それを実現するために必要なのが、選手たちの“試合を読む力”ってことになるんでしょう。たぶん。 ■PART2:バロテッリは肌の色で侮辱されているわけじゃない「バロテッリは肌の色で侮辱されているわけじゃない。彼の振る舞いだ。それは人種差別ではないだろう。イタリアは人種差別的な国じゃないよ」 何をわかったような口聞いていんだ、このチビクロサンボ&白人の犬が。肌の色自体が侮辱されているんじゃなくて、肌の色を使って侮辱するのだって、立派な人種差別だろ。そうだろ、このジャングルクロベーよ。ちなみに「チビクロサンボ2」にはウーフとムーフという双子の弟が出てくることとか知っているか、このブードゥー人形さん。ムフ。 というわけで、人種差別について。バロテッリに起きていることも、今私が書いた文章もどちらも人種差別的行為だと思うんですが、要は「相手に対して敬意がなく、軽率な言動」こそが差別の源であると思うんです。ぶっちゃけ、差別的な思考を頭の中で勝手に行うのは避けれないとして、それをあえて“言葉にしたり文章にしたりして表現すること”は、それはどんな理由であれ差別にあたるみたいな感じ? つまりバロテッリの態度が悪いから、何を言ってもいいってことでは決してない。「あの黒人野郎はイタリア人じゃねぇ」と思うのは勝手だけど、声に出したり、文章に書いたりして「黒人はイタリア人でない」と表現するのは人種差別であると言いたいわけです。 よく、差別と区別は違うという意見を聞くことがありますが、個人的にその考え方にはあまり賛成ではない。差別にせよ、区別にせよ、基本はいっしょ。要は「差別される側&区別される側の考え」に立つかどうか、「相手に対しての自分なりの敬意」を持つか持たないかが大切かなと。ちなみに、この考え方は、こちらのインタビューからインスピレーションを受けている。 南田さんも以前、長門さんの父、故沢村国太郎さんを介護した経験があった。長門さんは当時を「親父(おやじ)は『おしっこにいきまちゅよ』というような赤ちゃん言葉を使われるのは嫌いだった。洋子が親父の介護ができたのは親父と目線を合わせ、男として認めていたから。親父は信用したんだろう」と振り返り、介護におけるお互いの信頼関係を強調していた。 ここに出てくる「赤ちゃん言葉」の話と人種差別の話は同じではないかもしれないけど、基本的な考え方は同じだと思っています。つまり相手(弱者)の嫌がることを相手(弱者)に敬意を持たないで軽率にやっちゃうことは、たとえ弱者に対して悪意がなかったとして「差別」であり「よくないこと」なんではないかと言いたいわけです。もちろん最初はそれに気がつかないでやってしまうことがあるかもしれないし、その場合は気がついてから変えればいいわけだけど、露骨に相手が嫌がるだろうとわかっていてやるのは「差別」や「いじめ」であるのは間違いないよね。そうか。ディケンズもこれと似たようなものか。つまりは「クリスマスキャロル」です。そう実は、先週ちょうど映画「ディズニー:クリスマスキャロル」を見たばかりなんですが、あそこで描いているうちの1つが差別問題でもあるのかしらね。と、このまま貧困問題と人種差別を同じフィールドに持ってきて語るのは乱暴であると言われればそうなんだけど、ほら「クリスマスキャロル」の主人公スクルージが「貧乏人は死んでしまえばよい」という発言あるじゃないですか。あれもやっぱ軽率な差別発言であると思んですよね。なんか話がまとまらなくなってきたので、ここらでおしまいにします。 ■PART3:アーセナル戦プレビュー最後に週末のアーセナル戦について。ファンペルシ&ベントナーは欠場&ギャラスは出場微妙なのかはよくわかりませんが、まぁ簡単な相手でないのは言うまでもないところ。セスク、ソング、デニウソンら中盤は豪華ですし、アルシャフィン、ウォルコット、エドゥアルドらFWもいい選手だし。さて、ここで唐突ですがアーセナルとバルセロナの違いは何だろう? ボールポゼッションのへのこだわりと、ポジショニングと運動量? 攻撃の形ややり方も違えば、守備に対するアプローチのやり方も違うかな。つまりは、バルセロナもアーセナルも、どちらも攻撃的でおもしろいとかファンタスティックとか言われているけど、2チームはまったく別チームと考えるほうがモアベターということだ。ただ、どちらと戦うにせよ、チェルシー的に守備でポイントとなるのは「4−3」的ゾーナルブロックの形成の仕方になるのは同じかなと。で、先日某インテルは「4−4的」にしてバルセロナと戦ったけど、ゾーン形成に夢中になり過ぎたのか「人を見失って」サイドからサイドバックの攻撃参加的「縦のポジションチェンジ」によって恥ずかしいまでに崩された。我がチェルシーも、警戒すべきは、そんなサイドバックの攻撃参加に代表される「縦のポジションチェンジ」によるマークのずれであるのは間違いない。それは相手がバルセロナでなく、アーセナルでもユナイテッドでも同様のはず。恥ずかしい結果にならないように期待したい。攻撃ではアネルカの「試合読み」とドログバの「ターゲットとしての機能」がポイントになるだろう。先ほど書いたようにサイドからの攻撃が機能するのが理想だが、きっとサイドバックはあまり有効な攻撃参加できないと思っている。アーセナルの守備はそこまでおろかでないからだ。すなわちサイド攻撃はあまり機能せず→セットプレイと戦術ドログバで戦うが基本ではないかということ。もちろん、アーセナルが手を抜いてくれればサイドからも余裕で攻撃できると思うけど、まぁアウェーだしあまり期待するのは無理かなと。ぶっちゃけドローでOKです。 ■PART4:サイド攻撃例のスパーズ対ウィガンの歴史的大差がついた試合。スパーズの9点のうち3点くらいは、「レノンの速くて正確なアーリークロス→ちびっ子デフォーがニア」という形だった。これは例の岡ちゃん日本代表が「ニッポンオリジナル的攻撃」という感じで練習している形と、ほぼ同様なんだろう。もし違うというのなら、どこが違うのか岡ちゃんに教えてもらいたい。もちろんレノンのクロスの質とデフォーのシュート力は違うと思いますよ。 マイケル・ジャクソンの「インヴィンシブル」というアルバムをご存知でしょうか? これは私が「スリラー」に次いで購入したマイケルのアルバム(というか、その2枚しか持ってない)なんですが、なんで購入したかと言えば、プロデューサーにロドニー・ジャーキンズらが名を連ねていたから。マイケルと言えば「スリラー」以降は、なんとなくブラックミュージックという枠から飛び出そうとしすぎていたように感じていたんですが、このアルバムでは当時ブラックミュージック界の売れっ子Pとして活躍していたロドニージャーキンズと組んで、黒い世界に舞い戻ってきたように感じられたのがぶっちゃけた購入動機です(って、既にもっと前から黒い世界に戻られていたのならごめんなさい)。まぁ、当時のブラックミュージックは大きな市民権を得ていたし、別に戻ったというわけではなく自然の流れでロドニージャーキンズだったのかもしれませんが。 マイケル・ジャクソン THIS IS IT(1枚組通常盤) SMJ 2009-10-28 マイケル・ジャクソン ユーザレビュー: ベスト盤ですね。映画 ... 唯一無二の存在。昨日 ... このジャケット好き☆ ...Amazonアソシエイト by ウェブリブログ |
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いつも興味深く拝見しています。ちょうど私の位置から見えるスクリーンでPor-Cheでしたので、バーカウンターでお酒を作りつつ、ちらちら盗み見ていました(笑) |
アキラ 2009/11/27 21:26 |
>アキラさんへ |
doroguba 2009/11/28 00:03 |
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