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zoom RSS 映画「ヒストリー・オブ・バイオレンス」感想。またはモッジは生まれ変わることができるのか?

<<   作成日時 : 2010/01/19 23:33   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

全世界がその”暴力”に圧倒された! 驚愕のバイオレンス・アクション
独特の世界観と描写で数多くの映画マニアを魅了する『ザ・フライ』の鬼才デビッド・クローネンバーグ監督。
『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズでハリウッドのトップにのぼりつめたヴィゴ・モーテンセンの主演。
原作は、「バットマン」などでも知られるDCコミックスのグラフィック・ノベル。
一夜にしてヒーローとなってしまった男の顛末を通して、幸福と暴力の対立、究極の愛の選択をサスペンスフルに描き出している。
http://www.hov.jp/

■「クローネンバーグらしい作品」

先日、久々に尊敬するクローネンバーグ監督作品を鑑賞。クローネンバーグ好きと言っているわりには、ここ数年、新作をほとんど見てなかったんですけど(笑)、この映画見て、やっぱすばらしい監督だと再認識しました。クローネンバーグ作品の好きなところは、映画が見た後でなんとなく自分が頭良くなったように錯覚できるところなんですが(笑)、この「ヒストリー・オブ・バイオレンス」という作品もその流れを汲む「クローネンバーグらしい作品」なんですよね。つまり、映画を見たあとに、「この映画のテーマはこれだ」とか、「クローネンバーグの伝えたかったことはこうだ」とか、いろいろと語りたくなる作品であるというわけ。

■「アプローチが逆」?

たとえば、こちらのブログとか、そんなすばらしい「クローネンバーグ論」を展開しているわけだけど、こういうの読むだけでも楽しいですよね。で今回は、こちらの論評を派生する形で、思うところを書いてみます。

「ヒストリー・オブ・バイオレンス」にはこれらの「肉体の破壊」が対人的な「暴力」(エド・ハリス扮する悪党のえぐられた目や銃撃され破壊された頭部など)として描かれつつも、日常からの脱却ではなく、非日常から日常への回帰が「暴力」によって日常から「脱落」してゆく様を描いていることが判る。http://blog.livedoor.jp/matusan/archives/50562827.html

なるほど。確かに、私もこれまでのクローネンバーグの描き方とは「アプローチが逆」な感じはしました。ただ私はこれまでクローネンバーグが描いていたのは「日常からの脱却のための手段」と言うほど、主人公が自ら主体的に現状から脱却しようとする姿を描いていたとは思ってないので、そこがちょっと解釈が違うかなと。たとえば映画「ザ・フライ」とかの主人公は、「間違ってハエに変化してしまった」わえだし、映画「デッドゾーン」の主人公だって、普通の人間でいられるなのままでありたかったと思うわけで、言わば「ある種、強制的に日常から非日常へ変化してしまった悲劇」を描いていたと思うんです。まぁ、そうでない作品もあるのかもしれませんが。で、この「ヒストリー・オブ・バイオレンス」という作品では、そんなこれまでの「ある種、強制的に日常から非日常へ変化してしまった悲劇」とは逆の、「自ら強制的に非日常から日常へ変化したこと」が、ある事件に巻き込まれることによって崩れていく姿を描いていたと思うんですよね。少なくとも表面的には。というような、もっともらしいテーマ論をアホな私でも展開できるところが、クローネンバーグ作品のステキなところなわけです。

■「キリスト教テーマ論」

 暴力という「殺し」を行ったトムが、「浸礼」という洗礼によって「日常」に戻ろうとする姿に「汝殺すなかれ」と言う教義への「贖罪」が内包され、彼の向かう場所が「我が家の食卓」である点は非常に意味深い。http://blog.livedoor.jp/matusan/archives/50562827.html

なるほど。このあたりの「キリスト教テーマ論」は仰せの通りだと思います(ってキリスト教には詳しくないんですけどね)。で、そんなキリスト的な洗礼によって「日常」に戻ろうとした主人公が、きちんと「日常」も戻れたのかどうかはわからない形でエンディングとなっているところが、これまた「クローネンバーグらしい作品」たる由縁だと思うわけで。

■「日常」と「非日常」という考え方

だって、もう主人公と家族にとって事の真相がわかってしまった後だと、どっちが「日常」であり、どっちが「非日常」であるのか、わからない状態になってしまっているわけで。少なくとも、主人公の家族たちにとっては、もうすべてが非日常になってしまったんですよね。

■ここでいきなりモッジ!

って、この映画を見てない人に「日常」とか「非日常」とか言っても、まったく意味がわからないかもしれませんが、実はこの「日常または非日常論」を考えるよい例が欧州サッカー界にあるんです。例の八百長ユベントスに、あの極悪人モッジが戻るかどうかって話がそれです。

元ユヴェントスのGM(ゼネラル・マネジャー)であるルチアーノ・モッジ氏は、引退する意思などなく、5年間の活動禁止処分が終わる来年に復帰する考えを認めた。
「私への禁止処分は2011年の夏で終わる。そうなったら、私はフットボールの世界に戻る」と、モッジ氏は『ゴールド・スポーツ』に語った。
http://news.livedoor.com/article/detail/4555582/

この話、どこまで本気かわかりませんが、確かにモッジが戻ったら「強かったころのユベントス=日常」に戻ることができるかもしれません。ですが一方で、モッジが戻ることで「カルチョスキャンダルという事件=非日常」にも戻ることになるわけで、それはもうモッジがいる限りは絶対について回るわけで、つまりモッジが戻ることで、少なくともチームやファンの人たちにとっては、もうすべてが非日常になってしまうみたいな? =映画「ヒストリー・オブ・バイオレンス」。うーん、モッジを例に出したのは。ちょっとたとえが違うかしら? まぁ、どちらにせよ、モッジの存在自体が「暴力の歴史=ヒストリー・オブ・バイオレンス」であるとは舞がいないと思いますがね。まぁ、モッジがきちんと「砂漠で昔の自分を葬り」キリスト教的な洗礼を受けて「新しく生まれ変わる」なら信頼できるという人もいるかもしれませんが、この「シストリー・オブ・バイオレンス」は、そんな生まれ変わったモッジが信頼できるかどうかを考える上で参考にすべき映画であるということで、このエントリーを終了します。というわけで、みなさんユベントスの動向には注意しましょうね。では〜。

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