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zoom RSS 日本化の方程式と次の代表監督について 【キリタニ】を読んで

<<   作成日時 : 2010/07/17 00:03   >>

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■二者択一の単純な話では無い?

これまでにも腐るほど云ってきたことだが、サッカーの現実とは、守備的か攻撃的か? 或いはポゼッションかカウンターか?
そんな二者択一の単純な話では無い……と僕は思っている。
ピッチ上の90分の時間中で、この互いに相反する2つの要素を、その状況や必要に応じて、適時適切に使い分けられることこそが“強さ”であり“成熟”の証なのだ。
“自分達のサッカー”なるものが、そのいずれか……でなければならない、などと云うナイーブな誤解や解釈は、そろそろ捨て去ったほうが良い。賢いサッカー、考えるサッカーとは、その時々の必要に応じた戦術のバリエーションによって、はじめて成立する。
http://www.plus-blog.sportsnavi.com/kiritanishin/article/350

仰せの通りだとは思いますが、普通に考えるとちゃんとした「ポゼッションサッカー」を実現するのが難しい気はするけどね。今回のワールドカップだってきちんと中盤でゲームメークしていたチームってスペイン代表くらいでしょ。ブラジル代表はあれだったし、ポルトガル代表もデコはほとんど出てなかったし、イングランド代表だって、あれは「ポゼッションサッカー」ができていたとは言えない気がするんです。まぁ何を持って「ポゼッションサッカー」と称するかなんでしょうけど、たとえば今回のドイツ代表のあのスタイルを「ポゼッションサッカー」とは考えたくないんだなぁ。個人的には。もっとコネコネとボールを無駄にコネまくったり、「そのパス交換いらねぇんじゃん」くらいに無駄なパスするくらいでないと「正当なポゼッションサッカー」とは言えないと思うんだ。ポゼッションを名乗るなら、少なくとも「楔パスを当て→一度中盤に戻して→サイドで基点作って→引き付けて→逆サイドのサイドバックへ」くらいの美しいパス回しは1試合に2回くらいは披露したい。って、そもそもスペインのポゼッションの仕方はそれとは違うという意見もあるんだろうし、ケンペス時代のアルゼンチンみたいにショートパス交換の雨あられだってポゼッションと言えるのかもしれないんだけど…。何にせよポゼッションと名乗るからには「相手の守備陣に引かれても崩せるくらいの、メリハリ、アイデア、構成力、崩し方」が必要条件になると思うわけですよ。

で、そういうポゼッションサッカーができる中盤の選手ってさ、あまりいないんですよね。というか、もう、そういうポゼッションできる技術を持った選手は、必要とされてなくなってきていると言ったほうが正しい?

まぁ、確かに必要ないよな。チェルシーで考えても必要ない気がするもんね、リケルメとか中村俊輔とかみたいな選手は。じゃ、エジルは必要かと言われれば、それも返事に困るんだけど。だって、うちはエバートンじゃないんだし。みたいな。あっ、エバートンって言っちゃったね。すみません、エバートンはいいチームですよ。でもチェルシーは、そこ目指してないと思う。少なくとも昨年までは、そうだったような。そうでもないか?

■ポゼッションサッカーは難しい?

話が脱線したけど、言いたいことは、ポゼッションサッカーを実現するのは、言うほど簡単ではないのではということです。まぁ「何ちゃってポゼッション」ならできると思います。そこから始めましょうというのなら、わかる。でも、ちゃんと「ポゼッションサッカー」をしようとしたら、それなりの人材が必要になると言いいたいわけ。で、そういう「正統派のポゼッション請負人」に「カウンターサッカー」をやらせるのは、言うほどは簡単でない気がするんですよ。って、そうでもないか。その逆ですか。つまり「カウンターサッカーの申し子」に、「ポゼッションサッカー」させるのは簡単ではないみたいな。

何を言っているのかわかりにくく申し訳ありません。まとめますと、要は「ポゼッション」と「カウンター」はやっぱ相反するものであり、それをミックスさせるには戦術の徹底だけでなく「選手の資質や特性」を考慮しないといけないと思うわけで、その両方を持ち合わせる選手というのはほとんどいないのではないかみたいな机上の空論を語りたいんです。

ああ、確かに遠藤と長谷部は両方できるのかもしれないね。でも、現実問題として彼らがいた岡ちゃん日本代表はポゼッションサッカーができてなかったわけだ。……。ごめん、書いていることが、矛盾してきた。ポゼッションとカウンター両方できる資質がある選手がいても、戦術がダメならそれは両立しない? なんだ、じゃ監督が変われば万事快調になるんじゃん。キリタニさんのおっしゃるとおりジャン。申し訳ない、変に引用して。でも、でも、さしがにこれは難しいと思うよ。

このふたつを正しく備えて、はじめて一人前の成熟したサッカー国足り得るのだと僕は思う。僕はこの国のサッカーの象徴……日本代表に、イビチャ・オシムとオズワルド・オリベイラの適切な融合を求める。そして彼らこそ同時に、その2つの要素をひとつの知性の中に正しく併せ持つ、Jの歴史上傑出した指導者であり、サッカーの真の理解者であると僕は思っている。
http://www.plus-blog.sportsnavi.com/kiritanishin/article/350

さすがにさ、この欧州と南米の合体論は難しいでしょ。文化や哲学の問題が、それを許さないよ。たとえばジーコ監督にカペッロコーチとかまったく想像できないもん。というか、その2人がタッグを組むメリットがあるのみたいな。ほら、想像してみよう。チェルシーがもしクライフとモウリーニョの2党体制とかやろうとしてたら(笑)。もう、失笑ものでしょ。だから、今レアル・マドリーはああなっているわけだし、チェルシーだってモウリーニョが辞めたあと、いろいろあったわけですよ。

■もしもボックス!

あと繰り返しになるけど、今回の南アフリカ大会において、もし「2006年のジーコ日本代表」がまんま出ていたら、私はそれなりに結果を残していたと思うんだけどね。「2002年のトルシエ日本代表」であっても同様。

逆に、2006年のドイツ大会で今回の岡ちゃん日本代表が出ていたとしたら、結果は違っていたんだろうか? あのヒディンク・オーストラリア代表に勝ててました? あのブラジル代表に勝てていました? まぁ「たられば論」なんて意味ないのかもしれないけど、2006年のヒディンク・オーストラリアはやっぱ強敵でしたよ。それに、あのブラジル代表もエゲツナイほど強かった。そこは忘れてはいけないのかなと。

■心中!

まぁ、確かにもし今回もジーコだったら中村俊輔と心中していた可能性は大だったのかもしれないけど、スペイン代表を目指すのならそちらのイメージからのアプローチでないと厳しい気はするなぁと。あくまでスペイン代表目指すならね。おれは、別に今回のオランダ代表だっていいもん。ジーコ日本代表も好きだけど、アンチフットボールも好きだから。で、その2つは、たぶん融合しないと思うから。というか、やっぱモウリーニョのスタイルが好きなのかな。ポゼッションとカウンターのバランスとか考えても。あっ、もしかしてキリタニさんもモウリーニョ派でしたか?
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「この線路を降りたら
虹を架けるような誰かが僕を待つのか?
今そんなことばかり考えている
なぐさめてしまわずに」
という言葉をキリタニさんに捧げます!
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コメント(7件)

内 容 ニックネーム/日時
こんばんは。夜分遅くにコメントさせていただきます。
「ポゼッション」と「カウンター」なかなか面白いテーマだなと…。
ポゼッションの例は分かり易かったです。

引用先では二者択一ではないって書いてるけど、本質は違うと思うなぁ。
理想と現実を考えれば、(あくまでも分類すれば)二者択一にならざるを得ない。さらに、その先でチームの実力で形が分かれていくと…。
長くなるので、この辺で(どっかの機会で自分の方で書きますね・笑)

う〜ん…W杯後半になってから、どんどん書きたいテーマが増えてきた。
大会中は試合多過ぎて消化不良気味だったのかも。
コージ
2010/07/17 01:48
キリタニさんの主旨は「その状況や必要に応じて、適時適切に使い分けられることこそが“強さ”であり“成熟”の証」ということでしょう。
たとえばリードを許して相手に引かれたら何もできないとか、リードをとっても趨勢に関係なく一本調子で攻め続けるとか、そういうことでは駄目だということだと思います。
dorogubaさんの定義するポゼッションサッカーであろうがなかろうが、試合が始まってしまったらできるできない以前に直面した状況に応じたプレーができるようにならなければ、選手はならないのです。

それからキリタニさんの代表監督プランについてですが、オリヴェイラを監督に、オシムをコーチになどと書いてありません。むしろ区分けして分業させると書いてあります。その正否はまた別問題ですが、きちんと読解しないで人の意見を馬鹿にするのは良くないです。

それから「もしもボックス」はあまりにもひどいですね。
この論法なら誰が監督をやっても結果は変わらないということになります。04年のアジアカップは強豪国との対戦がなかったので誰が監督でも優勝できたし、07年のアジアカップ時にジーコが監督だったら間違いなく4位以下でした。
dorogubaさんはこれまで結果こそが最良の、あるいは結果のみが唯一の評価基準と主張されていたと理解してきましたが、こういうことを堂々と書いてしまうということは確とした主義ではなかったということなんですね。
76
2010/07/17 12:29
上のコメントで意味の通らない文を書いてしまったので補足します。
dorogubaさんが机上の空論という言葉を用いていたので角度を変えて現実の選手の視点で考えると、ポゼッションなどといった用語で呼称できるか否かは問題ではなく、実効があるかどうかが大事です。
当然できないことはできないし、やらないのですが、各々の限られた特性の中で実効ある、「使える」選手になるべく鍛錬すべきという意味で、キリタニさんの意見を受け入れることができます。
76
2010/07/17 13:52
カモさんて、たしかブラジルスタイルとイタリアサッカーを融合させようとして、4-2-2-2でプレッシングサッカーをしようとしたんすよねww フリューゲルス時代のシステムと明らかに違うし
yohan
2010/07/17 21:46
>もしもボックス
まあ選手の個の力、ポテンシャル、能力の幅から体力的なピークまで、
それこそ何から何までジーコジャパンの方が上なのは疑いの余地のないところ
ではありますが、それだけではなく要するにdoroguba氏の仰りたいのは、
2006は死の組で2010はチョロかった、ということでしょうか。

W杯最中からの降って涌いたような絶賛の嵐に辟易していたクチで
ここまで拝見させて頂きましたが、何でしょう、がっかりです
大きな失望を感じています
ごま
2010/07/19 16:32
>コージさんへ
コメントありがとうございます。私も現状は選手選考の時点で何かしら「二者択一にならざるを得ない」のかなと思っているんですが、新監督がそのあたりをどうチョイスするのかは注目ですね。
>yohanさんへ
コメントありがとうございます。「ブラジルスタイルとイタリアサッカーを融合」でしたっけ? すみません、そのあたりのことは詳しくないので。
>ごまさんへ
コメントありがとうございます。「大きな失望」を感じさせてすみません。所詮、ここはその程度のブログなのでご了承ください。
doroguba
2010/07/19 18:09
あると思います
daroguba
2010/07/20 14:44
日本化の方程式と次の代表監督について 【キリタニ】を読んで doroguba*footballcolumn*/BIGLOBEウェブリブログ
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