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zoom RSS あだち充と村上春樹。そして小沢健二と山下達郎。

<<   作成日時 : 2012/10/24 02:43   >>

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あだち充と村上春樹。

なんとなく、わかるかも。

「何が」って明言できないけど、
雰囲気が似てるんだよね。

周りの人で村上春樹作品好きな人は、
初期が好きって人が多いかも。
http://blog.livedoor.jp/cabaret/archives/50531497.html

とりあえずネットで探してみたら、こんなコメントを見つけた。やっぱ同じ感覚の人っているんだね。で、ここに「ライフ」までの小沢健二も加えさせてください。

で、ここでいうところの、その似ている「雰囲気」について考えて見る。言葉で表現すると陳腐になるが、それは「ストレートな物言いでなくて、明るく前向きでクレバーな隠語を駆使した男女の会話」に、答えがあるような気がしている。愛しているってストレートに言うのはかっこ悪いと思う世代の代弁者ってわけじゃないんだけど、要は”そんな言い訳を用意して”とか、”いとしのエリーなんて聴いていた”という考え方だ。

それに比べ、山下達郎はストレートに「愛」だ「恋」だを語るように感じる。言い訳を用意せず、ストレートに表現するのだ。「〜なんて聴いていた」とかいう悔恨もなく、恥ずかしげもなく真剣に恋をすることを提案してくるのだ。あー恥ずかしい(笑)。あくまでも、これは個人的な考え。小沢だって恥ずかしいという意見も多数あるんでしょう。

閑話休題。歌謡曲と検索してみると、Wikiにこのような説明が書かれている。”1989年に歌謡番組であった「ザ・ベストテン」が終了し、その頃を境に媒体の消滅により歌謡曲という用語自体が使用されなくなっていく”。歌謡曲の定義は難しいが、例えば「山下達郎」は歌謡曲を意識した音楽を作っていたように感じる。よい悪いはなく、それを考えないとミュージシャンとして食べていけなかったんだろう。一方、初期の小沢健二には、なぜか、その歌謡曲臭さが感じらない。というか、そこを意識して外して音楽を作っていたようにも感じられる。フリッパーズ時代も含めて、そうだ。まぁ、こんな当たり前のことを、ここで書いたところで、誰もうれしがらないだろう。言いたいことは、私は今のところ、ずっと歌謡曲が嫌いであるということである。もちろん、中には好きな曲もあるんだけど。

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