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zoom RSS アンチフットボール論

<<   作成日時 : 2012/10/28 02:31   >>

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“天才”にしか見えない世界があるのだ、と。

 ある選手が、人とは違うものが見えていて、技術がともなうと、間違いなく観衆の想像を超えるものをプレーで表現できる。それこそがサッカーのスペクタクルな瞬間だ。

 だが、そういう創造性を発揮できるのは、ボールを持ったときだけだ。ボールを持っていなければ、目の能力も、技術も生かすことはできない。

 だからこそ、クライフはボールを持つことにとことんこだわり、ボールを放棄したアンチフットボールを憎むのではないか。
http://number.bunshun.jp/articles/-/229352?page=4

確かにボールを持ったときのプレイのほうがスペクタクルだろう。観衆も喜ぶだろう。ただ、当たり前だが、サッカーは11人で戦うスポーツであり、ボールを持ったプレイヤーだけが行うスポーツではない。ボールが相手にあるときは誰もが守備に回るスポーツなのである。GKという手を使ってゴールを守ることをメインに行う選手だっている。そういう選手だって、間違いなくサッカーをプレイしているのだ。

そもそも、サッカーの試合の90分通して1人の選手がボールを持つ時間はどれくらいか? 5分? 10分? 逆にボールを持ってない時間はどれくらいか。どちらが長いのか? そうだ。ボールを持っていない時間のほうが長いのだ。

攻撃オンリーのサッカーは確かに理想郷なんだろう。90分間攻め続けることができるのなら、それに越したことは無い。そして「ボールを持った天才」がすばらしいのは、その通りだと思う。ただ、何度もいうように、サッカーは1人で行うスポーツではなく、11人で戦うスポーツなのである。ボールを持たないけど仕事する選手だっているのだ。「ボールを持った選手」にしか見えない世界があると同様に、「ボールを持ってない秀才選手」にしか見えない世界だってあると思う。そういう価値観だって、あっていいと思うのだ。

■アンチフットボールのお手本?

というわけで、久々に時間ができたので、いまさらながら昨年のCL準決勝セカンドレグ「バルセロナ対チェルシー」を後半残り10分くらいから見直してみた。アンチフットボールのおさらいである。

そのときのトータルスコアは2−2。チェルシーは1人退場して10人で「アンチフットボール」を実践していた。どんな「アンチフットボール」? えっとね、なんと、なんと6バック(笑)でした。




                 ○チェフ



 ○カルー   ○誰か ○ラミレス ○誰か  ○誰か  ○トーレス


         ○ランパード   ○ミケル ○モヒカン


ゼロトップというか、6バックに3ボランチだったんですよね(笑)。改めて見直すと。バルセロナのサイド攻撃を封じるために「FW2枚を最終ラインのサイド」を守らせるというのは、今改めてみると理に適ったフォーメーションでした。今期のディマッティオ采配からは考えられないような「アンチフットボール」。今見直してもすばらしい。

で、後半ロスタイムにトーレスの駄目押しゴールが決まるわけですが、それはトーレスが「左サイドバック」のポジションからの攻撃参加だったので、バルセロナの選手がついてこれなかったんでしょう。前半のラミレスのゴールも同様に「サイドバックの位置」からの攻撃参加だったわけですが、それが「対バルセロナの秘策」だったのかはわかりません。

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