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zoom RSS サッカーにおける「ローテーション制」について考えてみる  ベニテスのローテーションは奇妙か?

<<   作成日時 : 2013/04/21 11:22   >>

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「我々はローテーション制が奇妙なものであるかのように話している。数年前に、そういったことをあまり聞いたことがなかったということは理解できる。しかし、多くの人が私のローテーションについて話す時、サー・アレックス・ファーガソンは、私より多くの選手を変えている」

「トップチームは、選手を入れ替えなければならない。それは、1週間に2試合戦うことが簡単ではないからだ。私は99回チームを変えていて、多くの人はそのことについて話す。しかし、ファーガソンはより多く119回変えている。ジョゼ・モウリーニョもそうだ。同じことをやっている。彼らのチームは、1週間に2試合戦うトップチームだからね。ファーガソンはローテーション制を用いている」
http://japan.chelseafc.com/news/latest/708

「ローテーション」自体を否定するつもりはまったくないのだけど、問題は「何のため」のローテーションであるのかってことだと思うんです。「タイトルを獲得するためのローテーション」ってのもあれば、「若手を育てるため・腐った選手を出さないための「目先のことよりも将来を見据えてのローテーション」ってのもあるんだろうし、その両方のためというのもあるんでしょう。たぶんチェルシーの場合は限りなく「タイトルのため」というお題目のもとでのローテーションが理想的なんでしょうが、現状のチーム状態をかんがえれば「未来のためのローテーション」というのも必要であるとは思う。もちろん物理的に「ローテーションしないと試合をこなせない」くらいの過密日程対策としてのローテーションというのが最大の理由なんでしょうけど、そのあたりの「ローテーションの意図」が「チェルシーの方針」と合致しているかどうかというのがポイントなんですよね。で、はたしてベニテスのローテーションはどうなのか? いろいろ考え方はあるんでしょうけど、個人的にベニテスのそれは「ローテーションのためのローテーション」と思えるようなときがあって、そこが不満ではあるかな。「ローテーションのためのローテーション」とは、要は「過密日程対策のため」ってのが主な目的なんでしょうけど、そこに「目先の試合の勝利」とか「タイトル獲得のため」という要素があまり含まれてないように感じるときがって、それが問題なのかなって思うんですよね。機械的なローテーションで試合に勝てれば問題ないんだけど、負けちゃったときにその「ローテーションの影響」が明白な場合が多々あるわけで。で、その「ローテーションが原因の敗戦」の場合の説明が、「サッカーでは負けることもある」的な言い訳だったりすると、がっかりなんですよね。

たとえば野球。高校野球の甲子園大会で「エース連投」で「選手生命という視点」から問題とされることが多々ありますよね。それはもっともな意見なんですが、じゃあそもそも論として、なんで「エースに連投」させるかと言えば、それは勝つためだと思うんです。古い話で恐縮ですが、それは「昔のプロ野球での稲尾・金田連投」も同様。もちろん、サッカーと野球では違うところはあるとは思うけど、試合に勝つためには「ローテーションしないこと」が必要な場合だってあると思うんです。大切なのは、その「バランス」をどう舵取りできるかってこと。ファーガソンもモウリーニョも、そのあたりの舵取りが上手なわけです。ローテーションしながらもタイトルを取れているし、少なくとも「タイトルレース」に加わり続けている。そこを語らずして「ローテーション」を語るのは、あまり意味が無いと思う。

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