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zoom RSS 「日本人らしさ」というステレオタイプについて

<<   作成日時 : 2013/06/28 02:59   >>

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本日のお題は、この「日本人らしさというステレオタイプ」についてです。

■日本人は勤勉

 おそらく多くのサッカーファンが、「日本人は勤勉で規律正しく技巧に長けている。サッカーでもそのような日本人の国民性を活かすべきである」とか、「日本人選手は日本人の特徴である技術と勤勉さによって海外で活躍できている」といった語り口に違和感を覚えないと思う。私もまたこれまで多くのサッカージャーナリズムが発信するそのような趣旨の記事を読んできた。(中略)

A:日本人はそもそも建築とか、都市デザインに向いている国民性。サッカーでもありますか。
B:同じアジア人でも中国人や韓国人には、日本人のような繊細さはない。かわりに力強く、パワフル。あと、日本人は勤勉。
http://www.footballchannel.jp/2013/06/27/post5963/

えーっと、上の「B」は岡田前監督の発言のようです。なーんだ、またですかって感じもしますが、このお題で岡田批判をしてくれる人がいるのは非常にうれしいです。ただ、岡田監督はある意味「特殊」だとも思うので、それを一般論として語ってしまうのは、ちょっと厳しい気もします。

■すでに、そうなっているはず

もし岡田氏が考えるように繊細さや勤勉さが現実に日本人を特徴づけるものだとすれば、日本人のサッカーは特に指導せずともすでに「そうなっている」はずではないだろうか。むしろ現実にはそうではないからこそ、「そうしないといけない」と発言しているのではないか。
http://www.footballchannel.jp/2013/06/27/post5963/2/

たとえば、こちらのご指摘。いたいことは分かるけど、もし岡田監督の立場でそれを説明するなら、こうなるのかもしれないよ。日本人には「繊細さや勤勉さ」はあるのだけど、それが「悪い方向へ」出る場合と、「よい方向」へ出る場合があって、後者のほうへ導くことが岡田監督のやりたかったことなの。みたいな感じ。というか、個人的に最近、そういうスタンスで考えるようになってきていまして。この私が。で、この文章を読んだ後に、よく考えると「オレって、岡田監督的な発想になっている?」と少し考えてみたりして、というのが今回のスタンスです。

■組織と身体能力

2010年南アW杯本大会直前に日本代表はコートジボワール代表と戦って敗れたが、朝日新聞の忠鉢信一記者は試合後の両監督の発言内容の違いに驚いたという。当時のコートジボワール代表監督エリクソン氏が「組織を維持できたこと」を勝因にあげたのに対し、岡田氏はコートジボワールの選手たちの「身体能力と技術」が日本代表を苦しめたと述べた(朝日新聞2010年6月8日付)。(中略)

その結果、アフリカ人選手をフィジカルで上回る日本人選手のプレーやコートジボワールのチャレンジ&カバーは忘却されてしまうのである。
http://www.footballchannel.jp/2013/06/27/post5963/3/

これも、実はそんなに怒ることでもないんだけどね。たぶん、エリクソンは「フィジカルが強いのは当たり前」という前提で、その上で「組織」がよかったことを勝因にしているけど、岡田監督は「組織もすごいけど、やっぱフィジカルすごいわ」と、「組織」を認めたうえで、「やっぱ大前提のフィジカルがすごい」と指摘しただけな気がするし、それって別に間違いではないよね。

■ナンセンス

周知のように90年代以降イングランド代表やフランス代表では旧植民地からの移民やその子孫が活躍し始めた。多文化主義を掲げるオランダもそうだし、ドイツ代表も今ではトルコ系や旧東欧系の選手が多く活躍する。私たちは「イングランド人らしさ」や「ドイツ人らしさ」でサッカーを語ることがすでにナンセンスだと分かっているはずだ。(中略)
なにも彼らをコンプレックスが生み出したステレオタイプで括ることはない。彼ら一人ひとりがそれぞれオリジナルな特徴を持っており、その多様性こそが日本のサッカーを豊かにしていくのだから。なによりも「日本人らしさ」で海外組を語ろうとしている「日本人」サッカーライターのみなさん、あなた方自身はちゃんと「勤勉」でしたか?
http://www.footballchannel.jp/2013/06/27/post5963/4/

確かに「サッカーには国境がなくなってきている」んでしょうけど、それでも「国という単位で戦うことの面白さ」を競うのが、ワールドカップという大会でもあるんですよね。確かに「イングランド人らしさ」や「ドイツ人らしさ」や「日本人らしさ」でサッカーを語ることはナンセンスではあると思うんだけど、その「ナンセンスを楽しむこと」が楽しいと思わないと、きっと今の時代サッカーワールドカップを楽しめない気もするんですよね。

もちろん、岡田監督のそれはあまりにナンセンス過ぎると思うし、そもそも論として「日本人らしさ」を取り違えているとも思うんだけど、だからといって、「ステレオタイプで語るのはナンセンス、スペインサッカーもイランサッカーもタヒチサッカーも同じだ」と言ってしまうのは、かなりの暴論であると思うんです。

シャビ「スペインらしさ? 俺たちバルセロナはそうだが、モウリーニョのレアルマドリーはまったく違う。あんなものはスペインのサッカーではない。帰れ、モウリーニョはチェルシーに帰れ」

モウリーニョ「サッカーに国境は関係ない。というか、おれ、ポルトガル人なんだけど」

なーんて。あれれ? もしかしてシャビ=岡田監督? 

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