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zoom RSS サッカー日本代表論 ザッケローニ監督と原技術委員長はニッポン病か?

<<   作成日時 : 2013/07/21 01:13   >>

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■ニッポン病

よく辛抱強いといわれる日本の国民性も、実のところそうではなくて、ただ変化することをひたすらに恐れる……出る杭は打たれる……自らの意思で行動できない……という社会の圧力と、それによって育まれたある意味での柔弱な性質が、見る角度によってはそう映っているだけなのかも知れないな、と僕は思うのである。(中略)僕はそれをある意味“ニッポンの病”であると考えている。

そうだと思う。勝つ負けるかはわからないけど、負けたとしても「岡田の時とは違う戦い方をした」と強がりではなく本気で胸を張りそう……。僕はそれを70年前と変わらぬニッポンの病なのだと考えます。
http://www.plus-blog.sportsnavi.com/kiritanishin/article/420

「キリタニブログ」さまより引用させていただきます。ニッポン病とはこれまた素敵なお言葉であると思いますが、この病気って、要は「理論的ではない空気が支配すること」による病気ってことなんですかね。つまり「負けるとわかっていても、あくまで場の空気に従って邁進する」ことがニッポン病とするなら、「今までの戦い方を続けるとW杯で負けるとわかっていながらも、あくまでその戦い方に固執すること」もニッポン病みたいな感じでしょうか。違っていたら、すみません。

■ザックもニッポン病?

で、「ザッケローニはイタリア人だけどニッポン病に冒されている(笑)」とは、なんて斬新なご意見なんでしょう。というか、あくまで彼を首にできない原さんがニッポン病であって、ザックは関係ないみたいな感じなんでしょうか。いや、よく読むとやっぱ違う。ザックもニッポン病だ!(なーんて、それはどちらでもいいか)

言いたいことは非常にわかりますが、世の中には「結果よりも内容やスタイル重視」という人はたくさんいると思うし、それに関してはニッポン病とは少し違う気もするんですよね。

■ジーコもニッポン病?

たとえば、ジーコ。彼も日本代表監督時代に、ある意味「結果よりもスタイル」を重視した人だと思うんですが、彼のことをニッポン病と言う人は少ないと思います。わかりません、もしかしたらジーコもニッポン病なのかもしれませんが、それをブラジル人に言ったらグーで殴られそうですね。というか、ジーコ本人でなく、彼を担いだ人たちこそが、真のニッポン病なのかな。そう「ジーコではW杯で結果は出ないとわかっていながらも、ジーコを変えずに邁進した川渕と、それを指示したクソブロガーたちこそが典型的なニッポン病」と言うのなら、まさにそうかもしれませんね。納得だ。

■再来?

で、今回の「ザックと原」のコンビも、あのやばかった「ジーコと川渕」時代の再来なのかってのが今時のキーワードというところなんでしょうか。

■何でザック?


確かに、そもそも論としての「何でザッケローニが監督なの?」ってところは、それほど語られてなく、考えようによっては「何でジーコなの?」と同じ理論でセレクトされた可能性はゼロではない。

■内容か結果か


ただ、ジーコは名選手ながら監督としては「?」だったのに比べ、ザックは一応、監督として実績のある名将(クラブ監督ではあるけど)というのは大きな違いであるわけでして。監督して選んだ動機的には「ジーコ=内容」と「ザック=結果」では雲泥の差があるのではないかと私は思うんですよ。まぁ、蓋を開けてみたらザックもジーコと同様「内容」だったという考え方もあるかもしれませんが。

■岡田とは違うのだよ。岡田とは。

さて話がよくわからない方向へ進んでしまっている気がするので、ここで本題の「ザックと原はニッポン病なのか」に戻って考えてみたいと思います。結論から言うと、私は彼らが「岡田の時とは違う戦い方をした」と胸を張りたい気持ちを持っている可能性は、少なからずあると踏んでいます。なぜなら、彼らの頭には「どのようにW杯で負けるか? そして、負けた後の責任の取り方や進路はどうするか」ということがあると思うからです。

■負け方

「どのように負けるか」とは、ちょっとネガティブな発想で恐縮ですが、この考え方って、原さんやザッケローニ監督にとっては、かなり重要なことであると思うんです。「結果を出す」ことを考えるのはもちろんなんだろうけど、同時に「結果を出せないときの負け方」ってのは、彼らにとっては「結果を出すことと同じくらい重要であるはず」なんです。なぜなら、サッカー日本代表はW杯のどこかで必ず負けるんですけら。

■目標

W杯で優勝できれば、それが一番いいのは間違いないです。ただ、現実的に考えればその可能性はゼロに等しい。現実的に考えれば「グループリーグで何勝できるか?」または「グループリーグ突破できるか?」ってところが、サッカー日本代表の焦点。というか明確なノルマや目標はないと思うので、ぶっちゃけグループリーグ突破も何勝できるかも、それほど関係なく「参加することに意義あり」くらいな感じなのかもしれません。って、さすがに全敗だと問題ありそうなので、最低目標は1勝という感じかな。いやいや、1勝もできなくても、いいかもしれません。「よくがんばった、感動した」という声が上がるのが大切であり、「ばかやろう、恥ずかしいじゃないか」という罵声が飛ぶのが最悪というくらいのスタンスが現実的でしょうか。

■極論

つまり極論で言えば、サッカー日本代表ってW杯の結果はそれほど求められてないんです。異論はあるかもしれないけど、私が思うにサッカー日本代表で求められているのは内容なんです。結果よりも内容。そう。ぶっちゃけ「サッカー日本代表のグループリーグ突破」は別にノルマでもなんでもないし、原さんやザッケローニ監督にとって「それ」は、実はそんなに大きな違いではない気もするんです。

■原さんステキ

「グループリーグ突破」できたら、彼らに何か特別な報酬があるのか? 「グループリーグ突破」できたら、彼らのその後の人生(将来)は安泰なのか? もちろん、結果を出さないよりも出したほうが良いに決まってますが、「グループリーグ突破」に対する絶対的なこだわりってのはないと思うんですよ。何が何でもグループリーグ突破というようなノルマはない。たとえ3敗したとしても内容がそれなりなら、それでいいんです。たぶん。原さんが今どういう状況で、将来どういう目論見があるのかわからないんですが、W杯でグループリーグ突破に失敗したからといって、その状況が劇的に変わることはないんでしょう。ジーコの時のように惨敗さえしなければ。まぁ川渕はそれでも生き延びたわけだし、今回も同様なんでしょうけど。

■ザック最高

ザッケローに監督だって、しかりです。グループリーグを突破しようがしまいが、彼は次のW杯で日本を去ることになるんでしょうし、「グループリーグ敗退」したからといって何の問題もないです。ザッケローニ監督が将来どうしようと考えているのか知りませんが、もし欧州のサッカー舞台への復帰を考えているとするなら、彼にとって一番大切なのは、日本代表のグループリーグ突破という「結果」よりも、日本代表のサッカースタイルという「戦い方」なんですよね。もちろん結果も必要なんでしょうが「せこいサッカーで結果出す」よりも、「すばらしいサッカーを徹して負ける」ほうが、欧州サッカー界へアピールできる可能性は高いと考えていたとしてもなんら不思議ではない。

■まとめ

まとめると、「結果」が出るにこしたことはないけど、じゃ「どんな内容でもいいから、結果を出すのがベストか」と言われたら、ザックと原さんにとっては必ずしもそうではない。特にザックにとっては「内容」は重要であり、それは最後まで引っ張る可能性は高い。つまり前大会では岡田監督は最後に「結果」にシフトしたけど、ザックが同様に「結果重視=守備的」にシフトするかというと微妙であるということ。

■成金

なんかの麻雀漫画だったかで、日本の戦後のある成金が「日本が第二次大戦で負けるのを見越して」いろいろ決断するというのを読んだことがあるんですが、そういう「今の空気を読みつつ、将来の的確な人生設計をできる猛者」というのは、この世の中にはそれなりの数がいると思うわけでして。そういう人も踏まえて「ニッポン病」とするならザッケローニもそう呼べるのかもしれないけど、果たしてこれから彼はこれからW杯までどう考えて、どう戦うことになるのか?

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