ジラルディーノのミラン移籍について  サッキ&プランデッリの「パルマ塾」最後のエリート!?

ついにジラルディーノがミラン移籍決定!

 ミランは現地時間18日、同じイタリアのパルマから同国代表FWアルベルト・ジラルディーノ(23)を獲得したことを正式に発表した。契約期間は5年で、移籍金は公式には明らかにされていないが、2400万ユーロ(約32億4000万円)前後と見られている。
http://sports.yahoo.co.jp/soccer/wld/headlines/ism/20050719/spo/12475900_ism_00000050.html

ジラルディーノのミラン移籍が決まりました。チェルシーに来ればいいのになぁ~なんて淡い期待を抱いてましたが、インタビューなどでも「イタリアでプレイしたい」って語っていたのでミラン移籍が順当で妥当な結果だったと思ってます。ということでチェルシーファンとしては、ミランのジラルディーノは敵となるわけですが、実際に対戦する時以外は密かに応援したいと思ってます。何故、応援するかって? それはジラルディーノのプレイが好きだというのもあるし、パルマ時代から応援していたからです。そう。今思うとプランデッリ監督時代のパルマのFWのメンツってすごかったなぁ。アドリアーノは今やインテルのエースなわけですし、ムトゥはチェルシーいろいろあったけどユーベ在籍。そして、このたびジラルディーノがミランに移籍と、セリエAの3大ビッククラブに在籍しているですから。というわけでジラルディーノのミラン移籍を記念して、彼を育ててブレイクさせたサッキ&プランデッリ監督時代のパルマについて振り返ってみたいと思います。

ジラルディーノ、アドリアーノ、ムトゥを育てたサッキ&プランデッリ時代のパルマ

ヨーロッパ最高峰のリーグ、セリエAに初めて昇格してから、パルマはこの12年間で、コッパイタリア3回、カップウィナーズカップ1回、UEFAカップ2回、ヨーロッパスーパーカップ1回、イタリアスーパーカップ1回を獲得するという輝かしい戦績を残してきた。しかし、今シーズン、パルマは、チームカラーを一変させる思い切った改造を決意する。豪華さを削ぎ落としチームを簡素化することで運営コストを削減すると同時に、チームの未来を切り開くであろうクオリティーの高い若い才能に投資するという、時代を先取りした方針を定めたのだ。発案者は、テクニカル・ディレクターであるアリゴ・サッキ。GMルーカ・バラルディの全面的バックアップを受け、打ち出された彼の方針は、1990年の夏からパルマのオーナーとなったタンツィ・ファミリーのコンセンサスを得たことは言うまでもない。クラブの収支バランスに大きな影響を与えてきた高額年俸の選手はみな移籍リストに載せられ、最も良いオファーを提示してきたクラブへ次々と放出されることになった。こうして、ミロシェヴィッチ、アルメイダ、ハカン・シュクル、ジェトゥー、サルトール、エムボマ、カンナヴァーロ、ミクー、ボゴシアン、ディ・ヴァイオらはパルマの地を後にしたのである。CALCIO2002 From Dec.2002号「生まれ変わったパルマの新たな挑戦」より http://www.calcio2002.com/

上の文は雑誌「CALCIO2002」からの引用です(WebではSpecialという項目に掲載)。2002年当時のパルマは、現レアルマドリーのサッキをテクニカル・ディレクターに据えて「コスト削減」「若手重視」という指針のもと、チームの構造改革を行ったということが書かれています。まぁ結局はタンツィ・ファミリーが破産し、このプロジェクトは志半で頓挫してしまうわけですが、このプロジェクトで集められた「若き精鋭」がアドリアーノ(当時インテル?)であり、ムトゥ、ジラルディーノ(当時ヴェローナ)であったわけです。その他にもブリーギ、ドナーティといった当時、将来有望と言われていた選手は伸び悩むことになってしまいましたが、サッキが中心となって集めた「若き精鋭」のうち、少なくともFWの3人はパルマで成長し、ビッククラブへと巣立っていったということです。

若き精鋭を「集めて」育てた、サッキのパルマ”サッカー学習塾”!?

まぁ「ブッフォン、テュラム、カンナバーロ」の現ユベントスのDFが元パルマということからもわかるように、もともとパルマといクラブは、ビッククラブへ人材を供給していたわけですが、このサッキの行った改革はコスト削減という命題があったからというのもありますが、「有望な若手を獲得」→「育成」→「売却」というビッククラブへの人材供給をもっと特化させたものであったと思ってます。例えばアタランタみたいに自前の下部組織で育てるのではなく、そういった他のクラブで育った「若き精鋭」を集めて育てるってところが「時代を先取りした」方針だったと思う次第です。まぁ「若手を集めて育成」し、ビッククラブへ売らないで「育ててチーム力を上げる指針」だったのかもしれませんが、「コスト削減」といいう命題を考えると、選手が成長して年棒が上がれば売却せざるを得なかったと思うんですよね。…タンツィ・ファミリーが崩壊してしまったんで、実際のところはわからないわけですが…。まぁ今となっては当時のパルマのチーム方針なんてどうでもいいわけですが、当時のパルマは言うなればサッカーの素質を見込まれて集められた「少数精鋭」のサッカー進学塾みたいなもの(笑)であったと思うわけです。パルマで学習し経験を積んでからビッククラブへ入団するというエリート養成校とでも言いますか。ミランやユベントス、インテルというビッククラブの側から考えてみると、当時のパルマのような「若手のサッカーエリート養成所」みたいな存在は貴重であったと思いますし、重要であったと思う次第です。まぁただしビッククラブと言えどもリーグ戦で対戦して負ければ、パルマは「学校」でもなんでもなく、単なる目の上のたんこぶという存在でしかなかったのかもしれませんがね。

サッキ&プランデッリのパルマ「サッカー塾」最後のエリート塾生=ジラルディーノ!?

月日が流れタンツィ崩壊後はクラブ財政が悪化し、今シーズンはなんとかギリギリセリエA残留に成功したパルマ。もちろん今現在も変わらず「ビッククラブへの人材供給クラブ」であるのかもしれませんが、サッキが行ったような「有望な若手をたくさん集める」ことはできなくなったわけです。つまり「サッカーエリート養成校」から単なるプロビンチャーレへと成り下がってしまったという感じでしょうか? FWはジラルディーノにおんぶに抱っこであったわけですし、MFはブレシアーノにモルフェオ、マルキオンニ、DFはボネーラ、GKフレイといったサッキ&プランデッリの生徒たちがすべてという感じで、彼ら以外の「新たな目ぼしい若手」は残念ながら育っていないような気がしている次第です。
 話はジラルディーノのミラン移籍からかなりずれてしまいましたが、ジラルディーノという選手はサッキ&プランデッリのパルマ「サッカー塾」の数少ない最後のエリート塾生だと思ってます。そして、このエリート養成学校の閉鎖=パルマの凋落は、間接的にセリエAのビッククラブの将来に影響を与えることなるのかもしれません。もちろんビッククラブはパルマだけから選手を獲得していたわけではないですし、セリエAにはほかにも「エリート養成学校」はあるわけですが……。
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