「モウリーニョ対クライフ」を考察  内容か結果か? タイトルか賞賛か?

■モウリーニョとクライフが紙面で対決!? まずはその全文を!

モウリーニョとクライフが「サッカーのスタイル」について、やり合っているみたいですね。まずはライブドアに掲載されていた各々のメッセージを掲載させていただきます(すぐにリンクが消される可能性があるので全文掲載で失礼)。

モウリーニョのコメント監督時代に“美しく攻撃的に勝つサッカー”を実践し、アヤックスやバルセロナで数々のタイトルを獲得したクライフは、チェルシーの指揮官であるモウリーニョを評して「結果だけを重視する監督」と批判。これに対してモウリーニョは、8日付の“Record”紙上でクライフに対し反撃に出た。もしこれをクライフが見れば…。キナ臭い空気が漂っている。
<以下、モウリーニョのメッセージ>
「読者のみなさん、まずはこんなシーンを想像してください。私がヨーロッパチャンピオンとなった後、監督業を辞めゴルフ三昧の生活を送っている姿を。そして他の監督たちをまるで“趣味”のように批判している姿を。しかしこれは実際の私とは違います。この歴史こそ、ヨハン・クライフのものなのです」
「クライフがバルサをヨーロッパチャンピオンに導いたことは、皆さんもう知っての通りです。しかし、彼が監督として獲得したタイトルのうち、2つの国内タイトルは最終節に他クラブが取りこぼすというラッキーな形で勝ち得たものだというのを忘れている。それにチャンピオンズリーグ決勝で、実用主義のカペッロ率いるミランに0-4で敗れたという事実もです」
「1996年に監督を辞めてゴルフに明け暮れ、素晴らしい選手だったことで手に入れた権力を使って批判し、世論を動かす。そして1996年から新しいフットボールの現実に戻ることを拒否している。1996年から私たちはあなた(クライフ)の復帰を待っているのです。これは謙虚に言いたい。あなたが私に教えることがあるならそれを聞いてみたい」
「私は学ぶことを止めない人間です。だから最高の監督になるためにあなたの教えを聞いてみたい。ただし、あなたは私に国内チャンピオンになることを教えられない。なぜなら私はもう3度もそれを経験したから。そして国内カップやUEFA杯、ヨーロッパチャンピオンになることも教えられない。それも私はすべて経験したから」
「では、チャンピオンズリーグ決勝で0-4で負ける方法を私に教える? いや、私はそんなことは学びたくない。私はUEFA杯でスペクタクルな試合を制して優勝し、チャンピオンズリーグ決勝では3-0で優勝を勝ち取ったことがある」
「どうぞ、ここ(監督業)に戻ってきてください。フットボールはあなたのことを10年も前から待ち続けているのです。そしてもしそれが可能であるなら、是非あなたにはプレミアシップに来てもらいたい。ただし、あなたはそこで『時はすでに21世紀だ』ということを知ってしまうかもしれないですが」http://sports.livedoor.com/football/world/topics/detail?id=1722980
クライフのコメント「モウリーニョがわたしの教えに耳を傾けたいというのを喜ばしく思う。私が彼に何を教えられるか? 70年代のアヤックスであり90年代のバルサのフットボールを教えられる。私はいつでもスペクタクルなフットボールを実践してきた」
「このスポーツでは結果も重要だということはわかっている。そして、弱小クラブが必死に守りを固めなければいけないことも理解している。だが、すばらしい選手たちを抱えたビッグクラブは、それだけで終わってはいけない。何かのプラスアルファが必要だ。それはフットボールのためにもそうでなければならない」
「だから私は、フットボールのことを考えず結果だけを重要視するような監督には同調しない。私がモウリーニョに教えられるのは、ただ勝つだけではなく、世界中の尊敬を集めるプレーをして勝つ、ということだ」
「チャンピオンズ決勝の0-4の敗戦については聞きたくない? それはまだ彼が監督としてのキャリアは浅いからだ。これからそういう経験もするだろう」
「そして、彼は数々のタイトルを獲ってきたが、タイトルを獲得することと世界中から賞賛されるプレーをするということは全く違うものだ。私はタイトル獲得よりも大切なものを実現してきた」http://sports.livedoor.com/football/world/topics/detail?id=1845396

■「チェルシーのサッカーはつまらん論」の延長? 個人的には当然モウリーニョ支持なわけで

これは例の「チェルシーのサッカーはつまらん論」の延長という感じでしょうか? 両者ともに言いたいことはわかりますし、どちらの考えを支持するかは人それぞれでしょう。当然、どちらが正しい悪いっていう言えないとも思いますが、私的にはやっぱモウリーニョ支持なわけです。
 まず、クライフが言うところの「ただ勝つだけではなく、世界中の尊敬を集めるプレーをして勝つ」というのはどういう意味のことを言っているのでしょうか? 「弱小クラブが必死に守りを固めなければいけないことも理解している」という言葉から想像するに、世界中の尊敬を集めるプレイとは「攻撃的」であると言うことなんでしょうか? おなじみスポナビの木村氏のコラムで、クライフのサッカーについてこう言及してます。

 ヨハン・クライフは一流の監督であるとともに、一流のエンターテイナーだった。でないと、「1-0よりも4-3で勝ちたい」とか、大量リードのときは「シュートをゴールポストに当てて、観客を『おお』とどよめかせた方が盛り上がる」とは言えない。ただの勝負師なら「4-3よりも2-0で勝ちたい」(得失点差が大きいから)、あるいは「リードは大きいほどいい」などと言い放つところだ。
 彼のすごさは、味方のファンだけでなく、敵のファン、一般のサッカーファンにも目配りができるところである。大量得点で味方を楽しませ、大量失点で敵を楽しませ、僅差(きんさ)のゲームで一般のファンをハラハラさせ、最終的には勝つ。弱者と強者の共存共栄を目指し、プロサッカー界全体の繁栄を狙った発想のスケールの大きさには、脱帽するしかない。
 そんな彼が、「美しく勝利せよ」と命ずるのは理にかなっている。http://sportsnavi.yahoo.co.jp/soccer/eusoccer/0506/spain/column/200510/at00006389.html

たぶん、上で木村氏が言うところの「味方のファンだけでなく、敵のファン、一般のサッカーファンにも目配りができる」ってところが、たぶん「世界中の尊敬を集めるプレイ」ということなんでしょう。ただ私のような素人にとっては、そういうサッカーは「すごい」とも思わないし、美しいとも思わないし、スケールが大きいともまったく思わないわけです。

■おもしろいサッカーとは、「守備がダメ」な醜いサッカー!?

「大量得点で味方を楽しませ、大量失点で敵を楽しませ、僅差(きんさ)のゲームで一般のファンをハラハラさせ、最終的には勝つ」って、攻撃面からみればそれは確かに「美しい」のかもしれませんが、逆に考えれば「守備がダメ」な醜いサッカーであると思ってしまうわけです。

たとえば今のチェルシーが「5-4」というスコアで勝ったとします。勝利すればそれでOKということになると思いますし攻撃陣は賞賛できると思いますが、4失点した守備陣は「何をしているんだ?」ってことになると思うわけです。4失点で「敵を楽しませた」なんてクライフ的な発想は、まずもって出てこないと思うし、そもそもそういう発想って自分のチームのGKやDFの選手に対して失礼な考えであると思うんですよね。だって、無失点で押さえるよりも3失点するほうがいいって言っているんですよ! もしもあなたがCBの選手だったとしてそう言われたら、どう思いますか? あ、別にどうも思いませんか。まぁそうかもしれません。もしかしたらクライフの中ではそもそも「守備」という発想がないのかもしれません。極論で言えばGK以外はすべて攻撃すべきであるということなのかもしれません。たとえDFの位置にいても守備よりも「攻撃」すべきであると。失点を考えるよりも攻撃を考えろと。

■ゴールも奪うけど、失点もしないサッカーはつまらない? 望まれるのはプロレス的なサッカー?

まぁ、ちょっと誇張して言いましたが、どちらにせよクライフがそれほど守備に重点を置いてないのは確かでしょう。守って勝つよりも、相手よりもゴールをたくさん奪って「攻撃で勝つ」というサッカーが理想なのでしょうが、私的にはやっぱ「ゴールも奪うけど、失点もしない」サッカーが理想的であると思うわけです。

つまり「4-3」で勝つよりも「4-0」で勝つサッカーが理想であると。

で、そういうサッカーは当然「味方は楽しめる」とは思いますが、「敵は楽しまない」と思うし「一般のファン(?)もハラハラ」しないのかもしれませんが、それで何か問題があるんでしょうか? 
まぁ、そういう「味方は楽しめる」けど、敵と一般ファン(?)は楽しめないサッカーを実践しているのが今のモウリーニョのチェルシーであって、それだからこそ「つまらない」と言う意見もあるのでしょうけど、そもそも敵が本当に楽しめるのは「僅差で負けることよりも勝つこと」であると思うし、一般のファンってのはそもそも誰のことを言っているのかわからないわけで。どちらのファンでもなく、ニュートラルなファン? 他のチームのファン? まぁ、これについては、どうでもいいですが。ちなみに木村氏が言う「大量得点で味方を楽しませ、大量失点で敵を楽しませ、僅差(きんさ)のゲームで一般のファンをハラハラさせ、最終的には勝つ」って、考え方によっては単なる茶番というか八百長な気もします。そういう「プロレス的なサッカー」が望まれているならそれはそれでありなのでしょうが、個人的にはおもしろいとは感じないです。

■モウリーニョやジーコが「タイトルよりも、おもしろいサッカーをすることが重要」と言ったら、どう思います!?

今回アーセナルの2人がやろうとしたことは、かつてのヨハン・クライフのプレーを真似たものだ。当時AFCアヤックスだったクライフは、1982年12月5日に行われたヘルモント・スポーツとのリーグ戦で、この方法でPKを成功させている。このときは、クライフがポールを前に出し、左から走り込んだイェスペア・オルセンに合わせ、そしてオルセンがボールを後ろに戻し、クライフが難なく得点している。http://jp.uefa.com/footballeurope/news/Kind=2/newsId=357472.html

これも魅せるプレイの1つなのかもしれません。残念ながら私は映像は見れてないのですが、先日のアーセナル戦でピレスがやったこのトリックプレイ(?)。これはクライフの真似だったみたいですが、確かにおもしろいと思いますし、魅せるプレイであるとも思います。ですが、これでもしアーセナルが負けていたら、何やっているんだって話になると思うわけです。
「タイトルを獲得することと世界中から賞賛されるプレーをするということは全く違うものだ。私はタイトル獲得よりも大切なものを実現してきた」とクライフは言います。確かにその通りのところもあるでしょう。ですが、やっぱサッカーは「サーカス」じゃないとも思うわけです。サッカーは勝敗を競うスポーツであって、両方のチームが「勝利」を目指して戦うからおもしろいと思うわけです。タイトル獲得を目指して戦うからおもしろいわけです。だって、もしもモウリーニョが「タイトル獲得よりも、おもしろいサッカーをすることが重要」って言ったら監督失格だと思うし、ジーコが「W杯出場よりも、おもしろいサッカーをすることが重要」と言ったら同じく監督失格だと思うんですよね。

 監督はぶっちゃけ「結果を重要視するべき」であって、内容はその次である。

 とまで言うのは、あまりに「ドリーム」のない話なんでしょうか? まぁ「タイトル」よりも「賞賛」と言う意味では、82年のW杯のブラジル代表は今から思えばそういうチームであったのかもしれませんが、当時のブラジルはあくまでタイトルを狙っていたと思います。けっして「4-3」の試合をしようとしていたわけでもないと思うわけです。話を現在に戻すと、例えば今シーズンのJリーグで横浜マリノスが苦しんでます。たぶんタイトルは取れないんでしょうが、サポーターの方々は「首位で独走するよりもJリーグが盛り上がっておもしろい」って思っているのでしょうか? 

「どうぞ、ここ(監督業)に戻ってきてください。フットボールはあなたのことを10年も前から待ち続けているのです。そしてもしそれが可能であるなら、是非あなたにはプレミアシップに来てもらいたい。ただし、あなたはそこで『時はすでに21世紀だ』ということを知ってしまうかもしれないですが」

とモウリーニョは言いますが、私もクライフにはぜひ戻ってきてもらいたいです。そしてぜひサッカーの試合で「モウリーニョ対クライフ」を見てみたいです。まぁその前に、その昔「クライフのバルサに4-0で勝った」実用主義サッカーの現代版とも言える「ユベントス」のカペッロとの対戦を見てみたいものですが。

ちなみにモウリーニョのサッカーは「実用主義」であり「スペクタクル主義」でもあるサッカー、すなわち「結果」も「内容」も求めているサッカーであると個人的には思ってます。

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