ジーコありがとう&次はオシム!?  ジーコの4年間の総括と「中盤のバランス」について

■どうやらオシムで決まりなんでしょうか?

オシム監督が、ついに日本代表監督への就任問題について口を開いた。25日、クロアチアのスポーツ紙スポルツケ・ノボスティの単独インタビューに答え、就任に向けた具体的な条件面などを詰めていることを明かした。「日本協会から(06年の)年末まで千葉と兼任という話をもらっているが、代表監督というのは非常にシリアスなもの。兼任はできない」と代表に専念する意向を示した。
 5月下旬に日本協会の田嶋幸三技術委員長から直接オファーを受けた。旧ユーゴスラビア代表監督の経験から監督業の重みを知る指揮官は、W杯を戦うジーコ監督の気持ちに配慮。日本協会側には監督人事については口外しないよう求めた。そうした中、日本協会からは2010年南アフリカ大会までの4年契約の提示をされたが、それを固辞。「2年契約に2年のオプションを付ける形がいい。協会が自分の仕事に満足するか分からないし、そちらの方がお互いにとっていい」と長期保証を断り、まずは最初の2年間に全力を注ぐ。さらにスタッフについては「日本人のアシスタントコーチをつけてほしい。そろそろ日本人が監督をやる時期がきているから」と日本人代表監督の育成を見据えて、日本人コーチの入閣を要望。北京五輪代表監督への就任が決定している反町康治氏(42)らの入閣が有力だ。http://www.sponichi.co.jp/soccer/news/2006/06/26/01.html

まだ正式に決まってませんが、どうやらオシムで決まりなんでしょうか。日本で人気あるみたいですし、まぁ無難な人選な気もします。個人的にもオシムが代表でどんなサッカーをするのかは興味がありますが、千葉でやっているのと似たスタイルになるんでしょうかね? なんとなくイメージ的に、スコットランドリーグのハーツがやっているようなスタイルかなんて勝手に思っているのですが、どうなんでしょう?

■オシムのインタビューから考えるジーコ日本代表の私的総括!?

って、わけでジーコ日本代表の総括もままならぬうちに、次の日本代表の話にいってしまっているわけですが、まぁ時間はどんどん進むわけですから「次の話」を進めるのもOKだと思います。イングランドなんかはすでに決まっているわけですしね。ただ、そうかといって当然「ジーコ日本代表の4年間」を無視して話を進めるのもどうかと思うわけで。今回はオシムのインタビューでのこのコメントを元に、ジーコ日本代表の私なりの総括とのオシム日本代表に期待することなどを簡単に書いてみたいと思います……。

日本で言えば、例えば中盤に小野がいますよね、小笠原、中村、中田英寿、それだけいてアレックス(三都主)もいます。さらに前線に玉田や柳沢といっぱいいるわけです。誰が見てもこの選手は試合に出るべきだという選手が6人はいます。ただ、そういう選手のうち、ディフェンシブな選手はいるのですか。全員攻撃的な選手です。では、一体誰がディフェンスをやるのですか。サッカーは4人で守ることはできないのです。サッカーというのは、バランスを保つために水を運ぶ役割をする選手が必要になってくるわけです。そういう意味ではジーコのチームでも同じことが起こっているわけで、その話をさっきしていたわけです。福西ひとりで水が運べるでしょうか。福西がトラックを運転して運ぶことはできますけど(笑)、チームのバランスというのはそういうことを言うのだと思います。(中略)ただ、そういう技術的に高い選手を出さないと、みなさんは文句を言いますよね。1-0で勝っていて守りに入る時には、そういう選手を全員下げてディフェンシブな選手を入れても『よかった、よかった』と言うかもしれませんけど。ただその逆に、失うものがなくなったとか、絶対に勝たなくてはならないという場面では攻撃的な選手を3人、4人入れることは必要になってくるでしょう。しかし、それは特別なシチュエーションです。それはどこでも起こることですし、ブラジルも同じ問題があります。フランスもそうです。イングランドもそうです。すごく良い中盤がいっぱいいますけど、ディフェンシブな選手はいません。そういう(テーマという)のはメディアの皆さんにとって書くと面白いんじゃないですか。皆さんも各新聞社やいろいろな会社から来ているわけで、会社に戻ればひとりの存在ですよね。でも、あなた達が全員集まってひとつの新聞に書いてみてください。果たして良い記事ですかね(笑)。http://www.jsgoal.jp/news/00033000/00033958.html

「福西ひとりで水が運べるでしょうか」発言はいろいろなブログなどでも取り上げられてましたが、この「ディフェンシブな選手が少ない」「チームのバランス」というテーマ。オシムも「このテーマで書くとおもしろいんじゃないですか」とおっしゃってますが、書いてみたいと思います。

■「福西ひとりで水が運べるでしょうか」とオシムが言いましたが、個人的には「中田英+福西」コンビで納得だったりします!?

私は「中田英、福西」もしくは「中田英、稲本」という3列目の組み合わせはけっこう「納得している」というか「良かった」と思ってました。その理由はアメリカとの親善試合のところでも書きましたが、ボランチ(の1人)には守備よりもゲームメイクするプレイをしてもらいたいからです。もちろん守備も大切だと思いますが、それができるだけでは個人的にはもの足りないというか、ゴールできないと思っていたからです。オシムの理想のボランチはどういう組み合わせだったんでしょう。中田英と福西ではアンバランスと感じていたんでしょうか? ジェフの阿部&佐藤のが「バランスが取れている」? それとも他のところ(たとえばサントスのところ)で守備うまい人を置いてバランス取る? 中盤の底を「中田英+福西+守備的な某選手」と3枚にしてバランス取る? それとも中田英をバランチから外して2列目で使って、守備的な選手2枚にする?

■クロアチア代表のニココバチ&トドゥールのコンビって守備的過ぎません!?

このあたりは今後の日本代表を見るうえで楽しみなわけですが(って中田英はもういない?)、個人的にはいくら守備がうまくてもゲームメイクできない選手の組み合わせのボランチはあまり好きではないんですよね。好みの問題と言えばそれまでですが、例えばクロアチア代表のニココバチ&トドゥールのコンビなんかは、もう全然好みではないんですよね。守備的過ぎると感じるとでも言いますか。まぁ今回のクロアチアは「堅守」が売りだったんで、3バックに守備専ボランチ2人という組み合わせで正解だったのかもしれませんが、結果としてはその「守備的過ぎる布陣」がグループリーグ敗退を招いた原因という気もするわけです。オシム氏は、このボランチコンビをどう考えていたんでしょうか?

私の考えでは、クロアチアとオーストラリアではフィジカル面の準備と走力の差がある。走力は現代のサッカーでも最も根本にあるものだ。走ることのできない者はサッカーはできない。戦術だけでなく全てが台無しとなり、プレイにならないからね。
クロアチアにはコンビネーションがあるという賞賛を何回も耳にしたが、私が何を言えるというんだね? コンビネーションがあったのはオーストラリアの方だ。クロアチアは後半にコンビネーションを素晴らしく活かした場面が一度見られただけで、あとはマゾヒズムの元で個人プレイしかない。一人がドリブルをしたら、他の選手は見ているだけ。これではプレイにならないよ。全選手が完成されているのにもかかわらず、プレイすることを忘れている。欧州の所属クラブではきちんとプレイしているのに。選手について語れば非現実的になる。私たち(クロアチア)にはスターや最高級の選手は欠けていると言うだろう。本当かね? 正直になれば、オーストラリアの方がもっと良いクラブでプレイすべき選手を必要としているよ。
http://nogomet.cocolog-nifty.com/hrvgo/2006/06/post_e021.html

クロアチア代表のグループリーグ敗退の理由を「走力」「コンビネーション」とされているみたいですが、「水を運ぶ人」の人数についてはどう思ってらっしゃるのでしょうかね? このあたり個人的に誰かに聞いてもらいたいところなんですが、湯浅氏あたりにぜひともに突っ込んで聞いてもらいたいです。

■私的にジーコの采配で興味があったのは「中村と中田英と小野」の3人を中盤でどう共存させるかでしたが…!?

話がまとまりませんが、要は「中盤のバランス」というテーマ。実は私がW杯でのジーコ采配で昔からずっと興味があったのは「中村と中田英と小野」の3人を中盤でどう共存させるかということでした。オシムからしたら「3人なんてとんでもない」ってことになるかもしれませんが、ジャマイカ戦から4年経ってジーコもオシムと同じ感覚になったというところでしょうか。「小野ベンチ」の理由はいったいなんだったんでしょうかね? 
①小野のコンディションがよくなかったから? 
②守備的な選手を起用したかったから? 
③中田英、稲本、小野の3人の組み合わせがよくなかったから? 
④連携を高める時間がなかったから?

たぶん②とか④なんでしょうけど、オシムが指摘した「チームのバランス」はジーコなりには考えてやっていたと私は思ってます。それをバランスが「ある」とするか「ない」とするかは意見が分かれるところだと思いますが、私は「バランスあった」と思っているわけです。で、ジーコ日本代表の問題は、オシムが指摘する「守備的な選手の少なさ」や「バランスの悪さ」ではないと思ってます。問題は「ピッチ上の攻守のバランス」ではなく、選手の「コンディション調整の失敗」と、「守備戦術が徹底してなかったこと」と、「バックアップメンバーの選出」などにあったと思うし、もっと極論で言えば「選手を信じすぎた」「日本サッカー協会のいい子になりすぎた」のが最大の敗退理由であったと思ってたりします。

■ジーコの問題は、「選手を信じすぎた」「日本サッカー協会のいい子になりすぎた」ところ!

ただ逆に「選手を信じる」スタイルは、ジーコのいいところであるとも思ってます。ブラジル戦のゴールなどは、その選手を信じた「成果」が出たと思っているのですが、一方でオーストラリア戦での小野投入時の混乱は「信じすぎた弊害」だと思いますし、クロアチア戦でコンディション悪い中村を使ったのも「信じすぎた弊害」であったと思うんですよね。まぁジーコ云々よりもピッチ上の選手が「自分で判断できない」こと自体が問題だと思いますし、体調コントロールをミスした中村自身の問題だとは思いますが。特にコンディション悪い中村を使った理由は、何なんだったのでしょうかね? ジーコの「技術」に対する信頼なのかなぁ? 真相はわかりませんが、コンディション悪くて動けなくても「テクニックは落ちない」というジーコの考えがバックボーンにある気がするんですよね。まぁそれ以上に、多少の熱でも気力でプレイしてくれるだろうという「信頼」からの起用な気もするんですが、オシムだったらどうしていたのか? 「走る」が基準なら、コンディション悪い選手は使わないと思うんですが、そうでもないのか。このあたりも誰かに突っ込んで聞いてもらいたいところです。

「日本サッカー協会のいい子」についていまさら言うまでもないでしょう。たとえばジーコ本など読むとジーコの理想は「総監督」的なスタイルであったみたいですが、ならば「守備コーチ」を要求してよかったと思うんですよね。あと、たとえばJリーグオールスター戦と欧州遠征のバッティングや、アフリカ勢に親善試合で逃げられたり、ボスニア戦のマッチメイクの不手際などがあったわけですが、それに対してもっといろいろと主張すべきだったと思うんです。文句をいわなかったのはある意味すばらしかったとも思いますが、ちょっと達観しすぎていた気がしました。「プロフェッショナル」な監督なら、もっと協会に要求していたと思いますし、クレームも付けてよかったと思うんですよね。あまりにも「なぁなぁすぎた」「流れに身を任せすぎた」気がしてます。もっと「ディレクター的」なところまで関わってほしかったとでも言いますか。契約の問題や日本に滞在できる日程の問題などあったとは思いますが、あまりにも「協会の仕事」「代表の仕事」と割り切りすぎていたとでも言いますか。まぁそういう割り切った仕事の仕方こそ「プロフェッショナル」と言えるのかもしれませんが、目標達成のためには妥協しない「プロフェッショナル」であってほしかったですね。私が「アマちゃんな考えしている」と言われればそれまでかもしれませんが。北朝鮮との「無観客試合」の準備の時のいい加減さに苦言を呈したこともありますが、このいい加減さにも「プロの仕事」とは思えなかったんですよねぇ。「準備の甘さ」「最悪の事態を想定した準備の不足」が、いろいろな面であった気がする次第です。私はふだんモウリーニョのやり方を支持しているので、このあたり考えすぎかもしれませんが、オシムはたぶんいろいろな面で妥協しないと思いますし、協会に意見できると思うんで、そこは期待したいですね。

■ジーコはよくやった! きちんと「ブラジルのサッカースタイル」を注入してくれた!

否定的な意見が続いてしまいましたが、一方で、私はジーコのやり方を評価してたりします。ジーコを監督にして期待する「サッカーのスタイル」は、「ブラジルのサッカースタイル」なのは間違いないわけで、そのブラジルサッカーの真髄を辛抱強く日本に残してくれたことを評価しますし、感謝してます。例えばジーコに「プレッシング守備をベースとしたサッカー」を求めるのは間違いです。そういうサッカーを志向するなら、オランダとかの欧州の監督を選ぶべきですし、ジーコを監督にした意味がありません。「黄金の中盤」「4-4-2」「攻撃的サイドバック」…。ブラジルの「サッカー」にはこういう色があります。で、ジーコはそんなブラジルサッカーの「象徴」なわけです。ブラジルサッカーに「誇り」を持っています。それは、絶対に譲れないスタイルであり、誇りであるのは言うまでもないでしょう。今の世の中に「欧州」や「南米」、「アルゼンチン」や「ブラジル」というスタイルの違いはない? 確かに、変わらないところも多々あるとは思いますが、ジーコを監督に選んだのは「違い」を出してもらいたいからでしょう? 高い金出して雇ったのは「ジーコのサッカー感の注入」を期待したからでしょう? その狙いは、ある程度は達成できた気がしてます。ブラジル戦のゴール見て、そう思いました。

■オシムに監督が代われば「オシム的サッカー」になる! それは当然でそれを期待するから任せるわけです!

というわけでダラダラ書いてきましたが、監督が代わればサッカースタイルなんてころっと代わるのは当たり前なわけです。それはクラブでも代表でも同じ。オシムに監督が代われば「オシム的サッカー」になると思いますし、そうしてもらうために監督になってもらうわけです。ただじゃ、それまでのジーコイズム、トルシエイズムが、まったくなくなるかと言われればそうではないわけです。血となり肉となるハズです。きっと。
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