ジーコ日本代表の総括③ 「ピッチのなかに判断が多すぎる」「オートマチック」について再考

■「判断が多い」=「選択肢が多い」は論点のすり替え!?

昨日のエントリの「判断の多さ」について再考してみます。

まず、こちらが懸案の大住氏の文章。

「ピッチのなかに判断が多すぎる」そう感じた。ボールが動くたびに、受けた選手は顔を上げ、周囲を見回して次にパスを送るところを探している。これでは攻撃のスピードは出ない。攻撃のある段階までは判断しなければならないことをできるだけ減らし、ボールをオートマチックに動かす。選手の創造性や判断に任せるのは、攻撃の最後の場面…。それが、スピードを要求される現代サッカーの常識であると思っていからだ。http://sports.nikkei.co.jp/soccer/column/osumi/index.cfm?i=20060701ca000ca

で、私はこの文章を読んで「判断が多い」=「選択肢が多い」としていたのですが、コメントいただいた酩酊さんから論点のすり替えではなかとのご指摘を受けました。「逆に選択の余地がないため個々人がプレーをひねり出さなくてはならないという状況」というご意見もいただきました。このご指摘を踏まえて大住氏の文章を再読しますと「ボールが動くたびに、受けた選手は顔を上げ、周囲を見回して次にパスを送るところを探している」という表現にひっかかりました。でこの中の「周囲を見回して次にパスを送るところを探している」の部分をピックアップすると、確かに酩酊さんがおしゃるとおり「判断が多い=選択の余地がない」と言っているようにも読めます。ただその前に大住氏は「ボールが動くたびに」とも書かれてます。なので、私は「パスは回せている=選択はある」と解釈しました。なので大住氏はやっぱ「判断が多い=選択肢が多い」という意味で書いていたのかなぁと思うんですが、いかがでしょうか? そんな解釈はどうでもいい? そうですね。

■オートマチック=自動式の、機械的な、無意識な!?

続いて「オートマチック」について。これについてコメント欄でゴローさんは「判断しなければならないことをできるだけ減らす」という大住氏の意見に賛同され、毎日ブログ楽しみにしてますさん(すみません、以下「毎日ブログ」さんとさせていただきます)は「決まり事があるから、ボールがスムーズに動くという側面がある」という指摘をいただきました。また酩酊さんは「分かりやすい選択肢を用意する行為です。サイドでボールを持てば、外から追い越していくとか縦のスペースに走りこむとか横や後ろにパスコースを作るとか」と指摘され、NRさんは「組織の決まりごとがなければ、サポートも減ります。そうなるとパスコースも減り、守備の対応の仕方もかぎられます」というコメントをいただきました。いろいろご意見いただきましたが、問題のポイントは「オートマチック」という言葉をどう解釈するかだと思ってます。手元にある辞書で調べると「オートマチック=自動式の、機械的な、無意識な」と訳が出てました。まぁ調べるまでもないかもしれませんが、「自動式、機械的な」と訳すと「単調」なイメージ、「無意識」と訳すとそれとは意味が違って「自然な、なめらかな」という意味にもとれます。たぶんコメントいただいたみなさんは「自然な、なめらかな」という解釈で書かれたと思うんですが、そういう意味でオートマチックなら私も賛同します。ただ私は大住氏の「判断をできるだけ減らし」&「創造性や判断に任せるのは、攻撃の最後の場面」というところに引っかかり、クドクド書いたわけです。

サッカーコーチの経験などない素人のくせにプロのライターである先生に苦言を呈して「わからないのに偉そうに」と思われたらすみません。ほんとその通りだと思いますが、その主旨は素人なりにプロの方々のいろいろな意見を参考にして「サッカーをいろいろな方向からより深く楽しみたい」という思いからということからきていますので、そのあたりご理解いただければうれしいかと。何を書いているのかわからなくなりましたが、要はサッカーでは「Aという解釈」があるとして、それが絶対的に正しいものではないということ。「Bという解釈」もあれば、「Cという解釈」もあっていいのではと言いたいわけです。

■モナコのライン破りはオートマチック!?

話がずれました。オートマチックについてです。昨日書いた後に思い出したんですが、サッカー戦術サイト「varietyfootball」にこんなコラムがありました。

モナコではこうした裏を狙うプレーをする場合には、あえて状況判断を必要としない手法をとる。つまりラインの裏に走り込みこと、そこにパスを送り込むこと、それら全てをダイレクトで切れ目なく行なうことが、あらかじめ定められているのだ。だから味方や相手の状況を判断しなく済むのだが、これが成り立つのも実は相手のDFラインの動きがマニュアル化されているためでもある。いってみればモナコのライン破りは、”マニュアルを破るためのマニュアル”だともいえる。(中略)
例えばバスケットボールにはアイソレーションというプレーがある。5対5で行なわれるバスケットボールでは、チームに特に得点能力が高く1対1に非常に強い選手がいる場合、残りの4人がコートの片サイドやライン際まで各自のマークを引き連れながら後退することで、エースにゴールまでの花道を作ってやる。それがアイソレーションだ。
 モナコにはちょうどこれに類するプレーがあって、それが上の2つの例だ。どちらも同じようなシーンを示しており、前線のボールホルダーにボールが渡ったと同時にその裏をオーバーラップして行き、お互いのマーカーをスイッチさせることでボールに間合いが生じ、次の局面にスムーズに移行できるというものだ。これはボールを保持している選手がドリブルするのが得意であれば、中央に切り込んで攻撃をスムーズに加速させることが出来る。そのときのオーバーラップした選手の役割は、自らがボールを受けるために走りこむことではなく、そこにマークを引き連れて囮となくことで、局面に変化を生じさせることだ。
 ボールホルダーの状況をより有利にするこういったプレーは、特に前線にタレントを抱えるモナコには非常にマッチしたものだろう。
 攻撃戦術の基本である数的有利を作り出すことではなく、そういったリスクや労力を排除して臨界点の寸前の状況までボールと人を戦術的な力で動かし、あとは個人の能力とコンビネーションで勝負というデシャンの考え方はかなり興味深い。http://www.fujix.co.jp/varietyfootball/archive/detail_06.html

ちょうどコメント欄で「毎日ブログ」さんが指摘されていたバスケットボールの例と同様に「アイソレーション」という言葉が出てきているのが興味深いですが、大住氏の言う「オートマチック」とはこういうプレーを指すのかもしれませんね。「決まりごとのあるパス回し」「パターン化されたパス回し」ということなんでしょうが、ただ私は言いたかったのは「どんなパスにも判断するのは必要ではないかと」ということなんですよね。ぱっと見た感じは「オートマチック」で「決まりごと」で回しているパス回しだって、パスの出し手の判断によって行われていると思うからです。で酩酊さんが指摘する「サイドでボールを持てば、外から追い越していくとか縦のスペースに走りこむとか横や後ろにパスコースを作る」という「パスをもらうオフザボールの動き」=「オートマチック」とするならばそれはもちろん必要で大切だと思いますが、そういうオフザボールの動きをオートマチックと表現するのはちょっと違和感があるんですよね。パスの受け手が行うオフザボールの動きにだって判断は必要だと思いますし、パスの出し手がその人にパスを出すかどうかも判断がいると思うからです。

■オランダサッカーのコーチングから考えてみた

またまた引用で申し訳ありませんが、以前にも紹介させていただいたスポナビの中田徹さんの「オランダサッカー、5つのエッセンス」というコラムにこんな文章があります。

あえてぼかしますけど“他の国”ではテクニックを重要視し過ぎてしまっている。テクニックから11対11という考え方。パスの練習では極端な場合2人1組で練習している。A君はなぜB君にパスを出すか。それはB君がフリーだから。B君はA君にパスを戻す。それはフリーだから。なぜフリーか。敵がいないから。こういうオープンな練習では、見て、考えて、選択して、行動……という大事な要素が入っていない。
http://sportsnavi.yahoo.co.jp/soccer/eusoccer/0506/holland/column/200606/at00009292.html
『お前、ここ(の位置)に来てばかりだから、ボールを下げるしかないじゃないか!』って監督がよく選手に言っちゃいますよね。でも試合でプレーするのは誰かと言ったら選手。スタジアムで観客が騒いでいたら、監督から選手に指示は伝わらない。試合中のプレーの選択を選ぶのは選手なんだから、練習の中で選手が自分でプレーの選択をできるようにしておかないといけない。http://sportsnavi.yahoo.co.jp/soccer/eusoccer/0506/holland/column/200606/at00009290.html

「見て、考えて、選択して、行動」「試合中のプレーの選択を選ぶのは選手」とおっしゃってますが、私もそうだと思いますし、サッカーってそういうスポーツだと思ってます。そんなの当たり前なことで、それを踏まえたうえでの「オートマチック」でしょ、と言われる方もいるかもしれませんが、大住氏の「オートマチック」&「選手の創造性や判断に任せるのは、攻撃の最後の場面」という言葉に読んだときにそれは違うでしょと思ったわけです逆に「適切な判断をしてない」「判断が遅い」と言うならわかります。「選手が判断する選択肢が少ない」と言うのもわかります。ただ「攻撃のある段階までは判断しなければならないことをできるだけ減らし、ボールをオートマチックに動かして選手の創造性や判断に任せるのは、攻撃の最後の場面」と言及され、それが「現代サッカーの常識攻撃」と言われると、そうなのかなぁと疑問に思ってしまうんですよね。まぁモナコの「ライン破り」みたいな、第3のオフザボールの動きを絡めたオートマチックなパターン攻撃というのもあると思いますよ。そういうダイレクトパスを多用した崩しにも、ある種の機械的な動き「オートマチック」なパターン攻撃みたいなものも必要だとは思いますので、ジーコ日本代表にそういうプレーが少なかったと指摘するならばわかります。クロアチア戦の後半78分の小笠原→中村→玉田(シュート)みたいなシーンは、もっと攻撃のパターンとして持つべきだったかもしえません。

「3回戦で鹿児島実業が徳島商業に5-0で勝ちました。僕は一目で鹿児島実業は、クリエーティブにボールを横や斜めに散らせるチームに弱いというのが分かった。徳島商業は結果的には大敗したけれど、何度かそれでチャンスを作っていた。鹿児島実業は全員が機械的な動きをする。ボールの行った場所にコンパクトに行くが、コンパクトにし過ぎ。そこで予期しないヒールパス、サイドチェンジが来たときにガラガラになる。そういうチームに鹿児島実業が苦戦するのは見えていた。それを一緒に行った友達に言ったら、決勝戦で野洲がそういう決勝点を取ったそうで、オランダに戻っていた僕に友達が『すごいな』と言ってきた。それは試合を見る目があれば、あらかじめ分かっている。
 組織のクリエーティブさが大事。常に同じ動きだと対応できてしまう。日本の高校でこれが見えて練習できる指導者がいるかといったら、少ないでしょう。しかし、オランダ人には見えている。勝つためと練習のため、そのために試合分析がある」
http://sportsnavi.yahoo.co.jp/soccer/eusoccer/0506/holland/column/200606/at00009291.html

まぁ大住氏はここでいう「鹿児島実業」的なサッカーのことを言及して「オートマチック」という表現を使っているのかもしれませんが、高校サッカーは見てないのでなんとも…。ちなみに鹿児島実業の選手だって、自分たちで「見て、考えて、選択して、行動」して、「試合中のプレーの選択」していると思います。たぶん。
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