ジーコとオシムの違いについての考察  というか今更ながらCL予選のフネルバフチェを見たんで

■今さらながらですが、欧州チャンピオンズリーグ予選「フェネルバフチェ対ディナモ・キエフ」戦について

今さらながらですが、欧州チャンピオンズリーグ予選「フェネルバフチェ対ディナモ・キエフ」戦セカンドレグをスカパーで観戦。2-2のドローで、フェネルバフチェのCL敗退が決した試合だったのですが、典型的な「ポゼッション対カウンター」の試合だったんですね。

試合直後の失点が二試合とも続いたのが痛かった。後半はチームも良くなってチャンスを作る事も出来た。失点のシーンは想定されていた形であったのだが防ぐ事が出来なかった。チームは最後まで戦い抜いた事は評価したい。残念ながら本大会には進む事ができなかったが前進していくのみである。チームの補強も行なわれるので、国内リーグに集中し、UEFAカップに備えたい。http://zico.cocolog-nifty.com/blog/2006/08/post_72b7.html

「失点のシーンは想定されていた形であったのだが防ぐ事が出来なかった」とジーコは言ってますが、先制されたシーンは確かに戦術云々というよりも「センターバックの個の守備の弱さ」が原因であるように見えました。フェネルバフチェがポゼッションから攻めていたんですが、強引というか無謀な中央突破からディナモ・キエフにインターセプト。相手陣から1本のスルーパスをCBの間に通されて、ディナモのFWシャツキフに中央突破されて失点するのですが、まぁ何はともあれフェネルバフチェのCBの対応がお粗末でしたね。「2対1」と数的有利で守っているのに中途半端なライン取りして「スペースを突かれた」のはお笑いでしたし、パスを通されたあともアリバイ守備(?)という感じで戦術以前の問題という感じでした。まぁ、そういう選手を起用したのはジーコですし、わかりきったシャツキフのカウンターに対してのジーコの戦術的ケアが足りなかったところも多々あったとは思いますが、それを差し引いても「フェネルバフチェCBの個の守備の脆さ」が際立っていたように感じましたちなみに2失点目もカウンターから同じくシャツキフに決められるんですが、これまた「何でそこでフリーにするの」ってくらいフェネルバフチェのCBが「人を見てない」んですよね。戦術的な問題もあったと思いますが、ちゃんとした守備ができるセンターバックがいたら、この失点は防げたかもしれません。まぁタラレバの話しをしてもしかたないですが。

■この試合で実践していたサッカーは日本代表でお馴染みの「ジーコのサッカー」であったように感じました

コレまでのフェネルバフチェのサッカーがどういうスタイルだったのか知りませんが、この試合で実践していたサッカーは日本代表でお馴染みの「ジーコのサッカー」であったように感じました。ゆったりとしたリズムから確実にパスをつなぐポゼッションサッカーで、「水をくむ人」をあまり配置しない攻撃的サッカーとでもいいますか。ただ見て気になったのがサイドからの突破が少なく、ワンツーなどを駆使した中央突破が多かったということ。で、その中央突破が強引すぎてボールを奪われて失点するんですが、攻撃時の「リスクケア」の意識がチームとして足りなかったように見えました。

でもそこには、オシムさんの強烈な意志がある。私は、そんな彼のコーチング姿勢のバックボーンに、「リスクにチャレンジしていかなければミスをすることもない・・ただしリスクチャレンジのないところに進歩もない・・」というサッカーの大原則があると思っています。 http://www.yuasakenji-soccer.com/yuasa/html/topics_3.folder/06_OJ_6.html
「リスクケア」というか「リスクチャレンジ」と言えば…おなじみ湯浅氏のコラムからですが、この試合のフェネルバフチェをこの湯浅氏の言葉で置き換えて言うなら「無謀なリスクチャレンジしてミスして負けた」というところでしょうか??

■この試合のフェネルバフチェをこの湯浅氏の言葉で置き換えて言うなら「無謀なリスクチャレンジしてミスして負けた」というところ?

ちょっと話は脱線しますが、オシムのサッカーって「リスクチャレンジ」というよりも、「リスクチャレンジ&リスクケアのバランスを両立させるスタイル」って感じがしてます。要は誰かがチャレンジするなら、そのリスクを他の人が埋めましょうって感じのサッカーとでもいいますか。重要なのは、オシムのスタイルの根底には「ますリスクチャレンジありき」であって、「リスクケアありき」ではないということです。まぁ、最終的に到達するのは「リスクケアありきのサッカー」なのかもしれませんがね。ここで言う「リスクケアありきのサッカー」とは、例えばカウンターサッカーであり、例えば「誰のリスクチャレンジせず、ポジションも動かさずに多くの人数で守って、2~3人で攻める」リアクションサッカーとでも言いますか。

話をジーコというかフェネルバフチェに戻します。この試合は「無謀なリスクチャレンジ」から失点したフェネルバフチェですが、もともとジーコのサッカーは「リスクチャレンジすれど、そのリスクケアはあまり考えない」スタイルであるのは日本代表でもおなじみです。例えばジーコ日本代表では、福西などの一部の選手に「リスクケアの役割」を課しましたが、チームとして戦術的に「リスクをケアする」というよりも、選手個々のサッカーセンスに任せて「リスクをケアする」考えがメインとでもいいますか。基本的なカバーリングの原則はあるけど、その基本を元にして「応用」は個々のセンス任せという守備であったと思ってます。

■ジーコのサッカーは、この「守備時のオフザボールの動き」や「タスク」が足りない?

その昔ワールドサッカーダイジェストに「戦術=オフザボール動き」と書いてあったのに納得したものですが、その考えで言うなら守備時のオフザボールの動きをより課すことが守備戦術であり、ジーコのサッカーは、この「守備時のオフザボールの動き」や「タスク」が足りないと思う次第です。ではなぜ、足りないのでしょう??? それはたぶん攻撃をより主眼に置いたスタイルを目指しているからであり、守備に極端な「タスクや戦術」を課すと、それによって攻撃が機能しなくなることを恐れているからだと思う次第です。それはシステムの問題であるというよりも、監督が起用する選手の問題であると言えるかもしれません。

サッカーは10人でやるものではない。もう1人いる。これまでの私の代表での試合は、闘莉王、坪井、阿部、加地、駒野らをディフェンスの基盤に置いているが、コンディションや対戦相手によって代える可能性は常にある。例えば、ピッチコンディションによって相手のケアをしなければならない場合、それからクリエーティブな選手を投入して攻撃をしなければならない場合、いろんなケースが考えられるが、常に柔軟に対応していかなければならない。サッカーのルールが変われば、また違う戦い方をしなければならない。たとえば鈴木が調子が悪いということであれば、中村や羽生や山瀬、長谷部といった選手を代わりに使うことは大いにあり得る。しかし今の日本には、守備もできて攻撃も素晴らしい、両方を備えたMFがいないというのが現状だ。
 例えばブラジルを例に考えてみよう。3人のMFが非常に攻撃が優れている。カカ、ロナウジーニョ、ジュニーニョ。ただし(W杯での)フランス戦ではどうだったか。オフェンシブの選手のうち1人を引っ込めて、ディフェンシブな選手を1人増やしたほうがよかったかもしれない。前線にはロナウドとアドリアーノ、そして先ほどの3人を合わせて、世界的な大スターが5人そろっていた。スターだから派手に扱われていたが、では実際に試合が行われ、ディフェンスはどうだったか。特に守備がしっかりした相手では、ブラジルであっても勝つのは難しいということだ。http://sportsnavi.yahoo.co.jp/soccer/japan/kaiken/200609/at00010519.html

ここでふたたび「オシムの言葉」を引用させてもらいますが、ジーコのサッカーとオシムのサッカーの大きな違いは「ここ」にある気がしてます。中盤に起用するオフェンシブ選手とディフェンシブな選手のバランス感覚というか、求めるものの違いです。

■「現代センターハーフのタイポロジ―」でオシムとジーコを比較!?

またまたワールドサッカーダイジェストからの知恵拝借で申し訳ありませんが、その昔、特集記事で中盤の選手の役割を6つに分類して説明したものがありました。「現代センターハーフのタイポロジ―」と題された特集で、センターハーフをインテルディトーレ(阻止する人)、クレソール(飛脚、使者)、インテレソーレ(襲撃者)、レジスタ(演出家)、ウニベルサーレ(万能の)、アティピコ(非定型的な)の6つに分類し、その組み合わせをチームごとに紹介していました。この6つの意味と代表的な選手を紹介しますと、

1、インテルディトーレ(阻止する人)…守備的MF、マケレレ、アルベルダ
2、クレソール(飛脚、使者)…運動量とダイナミズムが武器のMF、ガッツゥーゾ、ダービッツ
3、インクレソーレ(襲撃者)…前線への攻めあがりが武器のMF、ランパード、グティ
4、レジスタ(演出家)…演出家、オーガナイザー、シャビ、ピルロ
5、ウニベルサーレ(万能の)…守備も攻撃もできるMF、エメルソン、ヴィエラ
6、アティピコ(非定型的な)…本職ではないMF、デコ、ベッカム、中田英

まぁ、こんな感じです。で、この中盤の分類と求める役割、起用する選手から監督のスタイルというものが見えてくるわけですが、たとえばジーコとオシムを比べてみると、その嗜好は当然違うわけです。まぁジーコもオシムも「守備も攻撃もできる万能のウニベルサーレ」を本来なら起用したいのでしょうけど、それは日本に限らず世界のどのチームでもあまりいないわけで、攻撃的もしくは守備的という色が出てくることになります。例えばジーコは福西と中田英をよく使ってましたが、その組み合わせは「クレソール+アティピコ」? まぁ福西をどのタイプにするか人それぞれかもしれませんが、純粋なインテルディトーレ(阻止する人)はあまり起用しませんでした。それに対してオシムは鈴木啓太、阿部を起用しているわけですが、「日本のマケレレ」インテルディトーレ(阻止する人)鈴木啓太は組み込んでいるのは言うまでもないこと。あと、よく言う「走る」「運動量」という言葉が示すとおり、クレソール(飛脚、使者)を重宝するサッカーと言えるのかもしれません。ブラジルを評して「オフェンシブの選手のうち1人を引っ込めて、ディフェンシブな選手を1人増やしたほうがよかったかもしれない」と言っているとおり、オシムのサッカーに置いてはインテルディトーレ(阻止する人)、クレソール(飛脚、使者)というタイプの選手は欠かせないわけであり、逆に言えばレジスタ(演出家)や、アティピコ(非定型的な)の居場所がないサッカーと言えるのかもしれません。

■「レジスタ」なり「クレソール」「アティピコ」にインテルディトーレがやる仕事を「戦術的なタスク」として課すことの必要性

これ、どの組み合わせが正解ということはないと思っているのですが、組み合わせを見ることで「監督の色」がわかるのは言うまでもところです。

話がまとまらなくなってきましたが、えっーと、ジーコのフェネルバフチェにまた戻ります。日本代表の時と同様にジーコはフェネルバフチェの中盤にインテルディトーレ(阻止する人)を起用してませんでしたが、これは要は「ポゼッションサッカー」を実践するうえでジーコが中盤に求めるのは守備力でなく攻撃力でありパス能力であるからなんでしょう。もちろん守備も求めているんでしょうが、守備しかできない人よりも、守備はそこそこでパス出せる人が好ましい感じ? この「考え」が攻撃的ジーコサッカーの魅力であると同時に弱点であると思うんですが、インテルディトーレ(阻止する人)を起用しない代わりに、対戦相手や状況によって「レジスタ」なり「クレソール」「アティピコ」にインテルディトーレがやる仕事を「戦術的なタスク」として課す必要があると私は思っているのですが、これって言う簡単行なうは如しってことなんでしょうかね? まぁ2点取られても3点取るサッカーができれば「インテルディトーレ」はいらないのかもしれませんし、そういうサッカーのほうがおもしろいのかもしれませんが「勝敗」を計算するなら、黙ってインテルディトーレ(阻止する人)を使うのが手っ取り早い気もしたりして。まぁ逆にオシムの場合、ジーコが好んで使ったレジスタ(演出家)とかアティピコ(非定型的な)がいないわけで、それによって攻撃のダイナミズムが失われる場合も出てくるわけですが、ジーコの場合とこれまた逆にインテルディトーレ(阻止する人)に攻撃力を求めるのは不可能に近いと思っているのですが、そんなことはないですか??

まとまりませんが、ジーコのサッカーを久々に見たので、オシムとの違いなんぞを適当に書いて見ました。まとまりませんですみません。
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