「敗因と」をよんで、どくしょかんそうぶん

「敗因と」をよんで、どくしょかんそうぶん

                                          1年3組 どろぐば

■第1章:カントナ、カズ、中村俊輔…、そして中田英寿

噂の「敗因と」を一応読みました。ジーコ日本代表の内側をきちんと取材したすばらしい本だと思うのですが、個人的におもしろかったのはやっぱ中田英寿についていろいろと書かれていたことですね。で、読んだあとに漠然と感じたのが、もしドイツW杯でエメ・ジャケや岡ちゃんやトルシエが日本代表の監督だったとしたら、中田英寿をどう扱ったのかなぁということ。エメ・ジャケはカントナを、岡ちゃんはカズを、トルシエは中村俊輔を切ったわけですが、ドイツW杯での中田英寿というのはもしかしたらそれらの選手と似た存在だったのかもしれないなぁと思ったんです。カントナ、カズ、中村俊輔が切られた理由というのはそれぞれ違うのかもしれませんが、その根底には「組織のため」という理論があったと思っています。

■第2章:ピッチ外における組織論について

その「組織のため」ということについてですが、それは「ピッチ内」はもちろん「ピッチ外における組織」を含んでいると思うんですよね。つまりエメ・ジャケや岡ちゃんやトルシエにとってカントナ、カズ、中村俊輔は、サッカーの試合で不要というよりも、それ以外の合宿中のサッカーをしない時間に「マイナスの効果」をもたらす影響があると思ったから外したところもあったのではといいたいわけです。トルシエはズバリそれらしきことを言っていたみたいですが、他の2人もそうなんでしょう。で、ジーコ日本代表における中田英寿の立場ってなんとなく、その「カントナ、カズ、中村俊輔」的であったような気がするんです。まぁ、そう感じたのは私だけかもしれませんがね。

■第3章:藤田、三浦アツ、土肥、そして「組織60%個の力30%運10%」

「敗因と」ではチームを盛り上げた3人のサブ選手にもスポットを当てています。藤田、三浦アツ、土肥がそうですが、彼らが影でうまくチームを盛り上げていたという記述がされてます。まぁ、たぶんそうだったんでしょう。で、そんな彼らが諸事情により最終メンバーから外れたことで「チームが分解」したところがあるのではみたいな感じにまとめられてます。まぁ、確かにそういう要因はあったのかもしれません。トルシエが最終メンバーに中村を外して秋田(&中山)というベテランを抜擢したのは、そういう要素からのものであったんでしょうけど、そういう人選こそがまさに「組織」と言えるのかもしれません。「組織60%個の力30%運10%」でしたっけ? それはピッチ上のことのみならず、ピッチ外でも適用されていたということなんでしょう。で、同様にジーコは組織よりも個の力を優先したということなんでしょうね。ピッチ内はもちろんピッチ外も同様。W杯の最終メンバー選考もそうだったんではないでしょうか? 23人の人間関係は2の次で、選手個々のサッカーの資質で選んだのではないでしょうか。そこには中田英寿が1人が好きであろうがなかろうがチームリーダーに向いているかいないかは関係なく、藤田や三浦アツがチームにいたほうが「うまくまとまる」とかいう考えもなく、あくまでサッカーで選んだとでもいいますか。

■第4章:「キャバクラ事件」とジーコ

たぶんジーコにはそういう「ピッチ外の組織運営に対する考慮」が足りなかったところがあったんでしょう。数年前に起こった「キャバクラ事件」というのは本来ならその「ピッチ外の組織論」を考える上での伏線になりえたと思うんですが、ドイツの地ではそれを考慮には入れてなかったということなんでしょう。キャバクラ事件は「腐ったみかんを排除」したので解決した問題であると解釈していたかどうかはわかりませんが、結局、就任当初から最後まで日本代表のサッカー選手を大人扱いし過ぎた結果が「敗因」だったとも言えるのかもしれません。まぁ、結局のところ大人であろうが子供であろうが「規則」や「決まり」を作らないとうまくいかないところがあるということなんでしょうかね。「組織」として機能させるためには、大人であろうが幼稚園児や小学生であろうが変わらずに同じように扱って規制しないとまとまらないということなんでしょうか?? それこそ、W杯大会中おやつはいくらまでですよとか、仲間はずれや喧嘩はいけませんよとか。体調に気をつけて早寝早起きしましょうとか(笑)。これ、あながち冗談でない気もするのが怖いところですが、要はもっとジーコが選手を管理していたら、ドイツW杯はうまく行ったのでしょうかね? 「敗因と」では、そういう「ピッチ外の組織作り」が重要で、あたかもそれでドイツでうまくいかなかったようにも読めてしまうのですが、言うまでもなく、それ「=ピッチ外の組織作り」があくまで一側面であり主の原因ではないと思うんですよね。確かに影響があったとは思いますけど。

■第5章:ジーコにとっての「黄金の中盤」、中田英寿にとっての「黄金の中盤」

話がおもいっきりズレました。中田英寿に話を戻しますが、ジーコにとって中田英は「カントナ、カズ、中村」でなかったとしたらいったい何だったんでしょう。ジーコが中田英寿に求めていたことは何だったのか、そして中田英はそのジーコの期待に答えることができていたのかについて考えてみたいと思います。いわゆる「黄金の中盤」で始まったジーコ日本代表において最後まで残ったのが中田英寿と中村俊輔だったわけですが、中田英寿がこのジーコの黄金の中盤をどう解釈していたのかというのはあまり語られてない気がします。ただその中田のコメントや発言から想像するに、ジーコがやってほしかったプレイと中田英がやろうとしていたプレイは違っていたように思えるのですが、そんなことはないのでしょうか?

たとえば中田英寿は、おなじみの「プレッシング」や「DFラインの高さ」や「ボールのないところでの動き」に関する言及が目についたんですが、私が知る範囲ではジーコの掲げる「ポゼッションからの攻撃」に関して言及することはあまりなかったように見えました。中村はそういう発言しているのを読んだことがあるんですが、中田英寿はそのポゼッションサッカーに関してどう思っていたんでしょうかね?

■第6章:ジーコにとっての「ファンタジスタ」、そして中田英寿はバッジョではなかった件

こうしたサクセスストーリーはアンチェロッティ、デル・ネーリ、ブランデッリなど多くの信奉者を生んだ。その一方、サッキをきらう者も多い。なぜならサッキこそ現在のファンタジスタ不遇の時代の先べんをつけた存在でもあるからだ。自分のサッカー哲学に反する選手はことごとく冷遇。もっとも有名なのはロベルト・バッジョとの衝突である。サッキは1991年から96年までイタリア代表監督をつとめ、1994年のワールドカップでは決勝まで駒を進めている。しかし、このワールドカップでバッジョがサッキのサッカーに強い反発を示し、大口論を演じた。サッキはファンタジーア(ひらめき)を持ち味にする選手をきらう。この戦術第一主義者にとってファンタジーアなどまったく不必要なもの。すべてのプレイが自分の計算に基づいていなくてはがまんならないサッキにとって、「選手はあくまで監督の駒にすぎない」。したがって、個性をたいせつにするスタープレーヤーの居場所はなくなってしまうのだ。「良き競馬の騎手になるために、かつて名馬であったという実績は必要ない」 ――サッキのこんな独善的な態度には、プレイヤーとしての実績がないことにコンプレックスを感じていたからだと見る向きもある。だからこそ、彼は異常なほど戦術論に固執するのだと。http://www.ocn.ne.jp/sports/soccer/tpx/sc_0294.html

今はあまりこのような争いはない気もしますが、いわゆる「ファンタジスタVS戦術」という論争がその昔ありました。で、ジーコがやりたかったのは、たぶん「ファンタジスタ」を重宝するサッカーだったと思うんですよね。古いと思われる人がいるかもしれませんが、プレイヤーとして名を馳せたジーコがサッキと正反対の考え方を持っていても不思議でないですし、戦術よりも選手重視のやり方をするのも私はわかるんです。ただ、思うのはジーコがその選手重視であったりファンタジスタ重視のやり方を用いても、肝心の選手が「ファンタジスタであることを放棄」してしまったとしたら、その後に残るものは何もないと思うわけで。たぶんジーコは中田英を「バッジョ」側の人間だと思っていたと思うんですが、それは間違いで彼はどちらかというと「サッキ」の側の人間だったんですよね。

■第7章:監督の仕事とは、プレスの位置と最終ラインの高さを決めることでファイナルアンサー!?

まぁ2006年においてプレッシングの位置について発言することなんか珍しくもなんともないわけですし、そう言ったからといって「ファンタジスタでない」と断言するのはアホかもしれませんが、私は中田英寿にはもっとポゼッションからの攻撃やゲームメイクについて熱く語ってほしかったんですよね。ラインの高さとかプレッシングの位置もいいですが、ぶっちゃけそういうサッカーするならジーコより適任者はいたんでしょうし、「あくまで監督の駒にすぎない選手」を集めたほうがよかったと思いますんで。これ、もちろん極論で話してますが、私はセビージャのラモスや風間が言及する「監督の仕事はラインの高さ&プレスの位置を決めること」という意見にはあまり同意できないとだけは最後に言っておきましょう。それよりも加茂周の「何もしなくて勝てるなら、何もしないのが名監督」というほうが同意できるんで。
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