オシム日本代表の「対カメルーン戦:前半は4バック、後半は3バック」についての報告書

この曲大好き。聴くと、踊りたくなっちゃうの。」
「……。えっ?踊る?」

■PART1:カメルーン戦、前半は4バック、後半は3バックの意味は?

――前半は4バック、後半は3バックになっていたが、守備の練習だったのか? それとも勝つためだったのか?
 予定を立てていても、相手があることだ。向こうは後半の頭から2トップで来た。それに対応したものだ。その点について、細かくは選手たちとこれから話したい。私の印象では、選手がよく考えた結果、そうしたのだと思う。つまり2トップに対して、最後列で1人余らせる守備を選択した。そういう選手の意思は尊重すべきではないか。ただしその際、中盤で選手が1人減るわけだ。その減った分、選手が余計に走るなり、工夫したりすべきなのだが、それができていなかった。遠藤が守備的な位置まで引かないといけない。もちろん悪くないプレーだった。しかし、阿部のポジションで遠藤がしっかりした守備ができるとは私は思わなかった。阿部や啓太(鈴木)が、遠藤のような攻撃能力を備えて、守備をできればよかった。あるいは、阿部や啓太といった守備のできる選手が、遠藤のような攻撃力があればよい。しかし天は二物を与えずというか、特に日本では、まだ選手の役割分担がはっきりしている。モダンなサッカーに追いつくには、攻撃も守備もできる選手を増やしていかないといけない。
 http://sportsnavi.yahoo.co.jp/soccer/japan/kaiken/200708/at00014382.html

録画しておいたカメルーン戦を見ましたが、個人的には上でオシム監督が語っている「4バックから3バックへの変更」部分が興味深かったです。選手たちが自主的に修正したみたいですが、その判断ははたして正しかったのかどうか? 無失点に抑えて勝利したのだから「その判断は正しかった」んでしょう。ただ一方でオシム監督が指摘するように「中盤で選手が1人減るわけだ。その減った分、選手が余計に走るなり、工夫したりすべきなのだが、それができていなかった」ところもあったように見えました。要は3バックへの変更して「CBの人数が1人増えて、逆に中盤が1人減った」ためにカメルーンに中盤を制されてしまったということだと思うんですが、それについてどう考えるか?

1、2トップに対応して最終ラインを3人にするのは正しい。で中盤の人数が1人減ったぶん、残った中盤の選手の工夫とがんばりで対処すべき。もしくはFWが中盤に戻って守備すべし。

2、相手が2トップだろうがともかく4バックでいくべきだった。中盤の1人が状況に応じてCB的な役割を課すが、基本は「4-4-2」。相手が2トップに変えても、全体のバランスは変えずゾーンディフェンスで対応。

これ以外にもやり方はあるんでしょうが、ぱっと思いついたのがこの2つ。この2つには「最終ラインで1人余る守備」と「フラットディフェンス」の問題も含んでいると思うのですが、たぶんオシム監督が「その点について、細かくは選手たちとこれから話したい」と言っているのは、この2つの守備のどちらの戦術をやるほうがオシム日本代表にとっていいのかってことだと思うんですが、どうなんでしょうかね。

■PART2:システマチックに「相手が1トップなら4バックで、相手が2トップだから3バック」と考えてプレイするのは間違い?

まぁ、どちらもできるにこしたことはないと思うのですが、大切なことは「相手が2トップ時に3バックで対応することのメリットとデメリット」と「相手が2トップでも4バックで対応することのメリットとデメリット」を選手たちが把握することだと思うんですよね。つまりシステマチックに「相手が1トップなら4バックで、相手が2トップだから3バック」と考えてプレイするのは間違いだと思うんですよね。相手の力量や状態、時間や得点差、そして見方の状態といった「試合の状況」を加味して、3バックか4バックがいいか考え対処するのがベストだと思うんです。

■PART3:リバプール戦におけるチェルシーの5バックの意味

先日のプレミアリーグ「リバプール対チェルシー戦」でこんなシーンがありました。後半にベニテス監督がクラウチを投入し4トップ気味の攻撃的布陣にしてゴールを奪いに行くのですが、それに対しモウリーニョ監督はCBアレックスを投入。「5バック気味」のマンツーマンに近い守備戦術にして対処し、「1-1」のまま試合を終えることに成功します。試合後モウリーニョ監督は「5バックへの変更」についてこう語ってます。

「私たちは試合に勝つためにここに来ました。
試合を開始した時のチームの姿により、私たちはそれを示したと思います。
多くの人々はアンフィールドに来たチェルシーが
中盤にマケレレとエッシェンを使ったり、
中盤に3~4人の選手を置いたりすると思っていたでしょう。
しかしそうはしませんでした。私たちは勝とうと試みました。
私たちは85分もの間、勝つために挑みました」
「残りの5分に関して私は正直に言います。
それは彼らがクラウチ、カイト、バベル、トーレスを同時に使って来たからです。
そしてあの時、私にはベンチに巨人がいましたし、
それを確認して私は巨人に言いました“さあ、お前の出番だ”と」http://www.chelsea-fanweb.com/modules/news/article.php?storyid=42
チェルシー弾:リバプール戦後のモウリーニョコメント「私たちは85分間、勝利を目指していた」より

最後の「5分」はCBにアレックスを投入し守備に人数を割いて「勝利よりも引き分け狙い」だったとモウリーニョは言っているわけですが、その交代策は試合の状況や相手の力量を考えた上での戦術だったのは言うまでもないところ。もし、チェルシーが1点ビハインドの状態だったら、たとえリバプールがクラウチを投入して4トップにしてもチェルシーがそれに応じてアレックスを投入することはなかったと思うんです(というか、そもそもリバプールも「リスクを冒して4トップ気味」にしてこなかったとは思うんですが)。

■PART4:DFとMFの単純明快な数の理論をどう考えるか? それが問題だ

というわけで、チェルシーの「引き分け狙いの5バック」を例に出させていただきましたが、もちろんそれとオシム日本代表の「カメルーン戦の3バックへの変更」を同じものとして語るのは間違いなのきあもしれません(というか間違い)。ただ「相手が2トップできたから3バックに変更」、その結果として「最終ラインを増やした分、中盤で選手が1人減る」という単純明快な数の理論をどう考えるかは、今後のオシム日本代表にとって重要なポイントなのではないかなと思うんですよね。カメルーン戦の前半は中盤での連携したプレッシングが利いていいてそれがよかった点と思ってましたが、後半はカメルーンのシステムチェンジに合わせ「そこ」を捨て最終ラインの人数を増やして押さえることを選択したのは間違ってなかったのか? その選択は対戦相手の状況や見方の状況、または試合の状況に即したものであったのか? 選手や監督はもちろん、我々もそれについて考えてみると面白いのかもしれません。最後にオシム監督「日本では、まだ選手の役割分担がはっきりしている。モダンなサッカーに追いつくには、攻撃も守備もできる選手を増やしていかないといけない」と言ってますが、はたしてそうなんでしょうか? 攻撃も守備もできる選手って世界を見渡してもそんないない気がするんですが、まぁレベルにもよるんでしょうかね。

ちなみにカメルーン代表ですが、ニューカッスルの新主将が来てなかったのは残念というか納得というか。カメルーン代表は彼がいるともっとサイド攻撃が機能するんですけどね。チェルシー時代はSBが多かったですが、本職はSHですし。今回来日しなかったのはクラブでのパフォーマンスを考えてなんでしょうが、まぁ来なくて当然ですかね。
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「シドウェルって名前、この人に似てません?」
「……。いや。まったく。」
「きぃーーーー。生意気に! このハリキリボーイが!」
オシムがまだ語っていないこと (朝日新書 (049))