CLトルコ勢プレビューというか、アメリカ的とかヨーロッパ的とか2分すること

■きれいに二分しようという試み

「うん、いや、そういう制限をつけるような考えかたにはちょっと驚かされる。あれはアメリカ的とかこれはヨーロッパ的とかね。まるで日本作家はこういうふうにしか書いてはいけない、とでもいうみたいに。しかし、そんなのはばかげてる。そもそも文学というものの始まり以来、作家たちは常に相互に影響を受け、与えあってきたんだ。イタリアのソネットなしにシェイクスピアのソネットはありえなかった。フローベールなしにジョイスはありえないし、ジョイスなしにフォークナーはありえない。フォークナーなしにガルシア=マルケスはありえないし、ガルシア=マルケスなしにはトニ・モリスンはなかっただろう。みんなちがった国からきて、お互いに影響を受け、それを変化させてきた。言語そのものだってそうだ。現代英語はいろんな言語の混成だろう。だからこの世には、そういう純粋性ってものはないし考えるべきでもない。実際、現代の世界の問題の多くは、そういう多様性を否定しようとする人々が引き起こしていると言ってもいいんじゃないかな。それは旧ユーゴスラビアでもそうだし、あるいは今のアメリカ共和党議会が提出している、移民制限の法案なんかもそうだし、本当に恐ろしい。 わたしは寛容さというものを信じている。もっとも一方で、寛容さというのは、『だれも真実というものを持っていない』ということを前提としているわけだけれどね。でも、絶対的な真実というものをだれかが主張し始めると、圧制が始まるんだ。絶対的な真実とか、いろんなものをきれいに二分しようという試みとかは、長期的には絶対に無益なものだと思うね。小説の世界であっても、あるいは現実の世界であっても」
http://cruel.org/gq/gqauster.html

「絶対的な真実とか、いろんなものをきれいに二分しようという試みとかは、長期的には絶対に無益なもの」とはその通りかもしれません。なので岡ちゃんも「日本化」とか「きれいに二分しよう」なんて考えないで、もっとグローバルな視点で考えてもらいたいと思うわけですが、明朝のセビージャ対フェネルバフチェ戦もそれと同様に「スペイン対トルコ」だとか「スペイン対ブラジル」だとか、「ブラジル対ブラジル」というふうに、変に形にはめて考えないほうがいいのかしら? ジーコはやっぱブラジル人であり、やろうとしているサッカーは場所がどこであろうとも「ブラジルのそれ」である気がするんですが、日本やトルコなどブラジル以外の国で「ブラジルのそれ」を行うとしているのは、まさに「純粋性ってものを考えてない」感じか。ってフェネルバフチェには本物のブラジル人がたくさんいるから、それってバリバリ「純粋性」じゃんってか? 確かにそうかもしれないけど、そもそもトルコの地にブラジル人がたくさんいること自体が「純粋性ってものを考えてない」とも考えられるジャン。なーんて、どうでもいいですね。何はともあれ、いい試合を期待。ちなみにフェネルバフチェにも十分勝機はあると思っているのですが、そのためにはあまり守備的にならない=引かないことがポイントですかね。LIVEはキツイかも。

■作者と読者=主人公の距離

すばらしいのはそういう手法を採用したのではなく、むしろ、作者と読者=主人公の距離、というか立ち位置です。前述の『ベルカ、吠えないのか?』では、明らかに作者が読者の上に立っています。たとえば、ミラン・クンデラの作品でもそうです(それを驕りととるか、優しさととるかは、読者しだいなのですが)。これに対し、『ブライト・ライツ、ビッグ・シティ』は明らかに読者と対等の立場に立とうとしている小説なのです……。http://kizuki39.blog99.fc2.com/blog-entry-41.html

たとえば監督にとって、観客と対等の立場からチームを眺めることって必要なことなんだろうか? そういう手法はすばらしいことなんだろうか? 観客と同じ立場=黙って選手やチームを応援することなんだろうか、それとも一緒になって歌を歌ったりしてチームを見守ることなんだろうか。そんなのは監督じゃない? 仕事をしてない? そうなんだろうか。ファーガソン監督がスタンドからまるで観客のように無邪気にハシャイデいる姿をみても仕事をしていないとは思わないし、カービッシュリーやアラダイスがスタンドから観戦している姿もしかり。まぁ、普通、監督は観客のうえに立っているんだろうけどね。そういえば監督以外にも観客のうえに立っている人がいるね。ピッチで選手と一緒に、黒い服着て笛や旗をもっているあの人たちだ。もちろん試合を捌くには「観客のうえに立つ」ほうが、いいんでしょうけどあまりにも上に立ちすぎるとヤバイかもしれない。たぶん。

ブラジルのメデイァに歪曲して情報が伝わったことを、昨日のガラタサライー戦のニュースを読みながら気付きました。試合は拮抗したのですが、最悪なジャッジによって11個の警告がだされました。審判は、昨日の様な試合を吹く準備が出来ておらず、再度審判学校に通うべきです。試合自体は荒れた訳ではありません。VolkanとLincolnによる口論以外には、特別なるアクシデントはありませんでした。いいえ、正確に言うならばあったかも知れません。それは、審判のゲームコントロール能力不足です。
http://zico.cocolog-nifty.com/blog/2008/03/post_819e.html

■サベージとかスティーブクラークとか

サベージとかスティーブクラークとか聞くと、ユニフォーム姿とかジャージ姿とか思い浮かべてしまいがちですが、すべての人がそうではないと言えるのかな?

1975年、シェフィールドのハイスクールに通っていたベースのリック・サヴェージとドラマーのトニー・ケニングがピート・ウイリスと知り合い、デフ・レパードの前進ともいうべきバンド、アトミック・マスを結成。地元のクラブでコピー・バンドとしてプレイする。その後、他のローカル・バンドでドラマーやギタリストとして活躍していたジョー・エリオットをヴォーカルとして迎え、バンド名をデフ・レパードに変更する。
78年スタニングトン大学の図書館でピートはスティーヴ・クラークに出会い、バンドのリハーサルに誘う。そこでレーナード・スキナードの「フリー・バード」をみごと弾きとおしたスティーヴを即バンドに誘い、その後オリジナルの曲を作曲するようになったバンドは、初の自主制作盤『The Def Leppard E.P.』を制作。同年1月ドラマーのトニー・ケニングが脱退。後任にフランク・ヌーンを仮起用。レコーディング後、バンドはフランクに正式な加入を申しいれるが、彼は既に違うバンドで活動していたため要請を断る。その後スモーキー・ブルーのドラムスだったリック・アレンがオーディションを受け加入。
http://www.universal-music.co.jp/u-pop/artist/defleppard/

なんとなくアメリカのヘビメタバンドというイメージがするデフレパードなんですが、シェフィールド出身なんですよね。これが。まぁ言われてみればアメリカのバンドが持っている陽気さや華やかさは彼らにはない気がするし、どこか暗い感じがするのはそのせいか。暗いというかカレッジバンドっぽいというか。まぁ実際のところアメリカ的に感じるようになったのはリックアレンのあの事故以降な気もします。デジタルといえばそうなんだけど、どこか空間を感じさせるあの音がナサ的であり、アメリカ的だったんではないかと。んで、あのナサ的なドラムの音が彼らをイギリス的なものから、アメリカ的なものに変えたんじゃないかと。いやいや、あの事故の前からすでにアメリカ的だったのかもしれない。あの伝説のバンドのギタリストであるフィル・コリンの加入が、アメリカへの移行であったかと。(※追加:って、ガールってNWOBHMだからバリバリのヨーロピアンじゃないですか。)そして、されにすみません。そもそも冒頭でアメリカ的とかヨーロッパ的とか制限つけるのはよくないと書いてましたね。きれいに二分しようという試みはダメだと。って、だから、そもそもも二分もクソもないじゃ? デフレパードはまったくアメリカ的なんかじゃねぇですってぇぇ??? 失礼しました。ということで本日はこの2曲でお別れです。チャオ。
Girl - Hollywood Tease
Def Leppard - Hysteria
※追加:Def Leppard - Photograph
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