ミラノダービー

「イタリアのサッカーを変えたい」
確か何かのインタビューでモウリーニョがこんなことを言っていた。
それは、例の八百屋事件に絡めた発言だったのかもしれないけど、サッカーのスタイルに関しても「変えたい」と本気に思っているのだろうか?

ミラノダービーを見た。
私には数年前に見たミラノダービーと、何ら変わってないように感じた。
お互いに負けたくないという意志表示が明確なガチガチの戦い。
それはインテルの監督がマンチーニだったころもそうだった。
あの頃となんら変わりなかった。
カルチョはカルチョのままだった。
イタリアのサッカーのままだった。
激しいというよりも汚く感じたし、運動量豊富というよりも効率よくというふうに感じた。

ロナウジーニョがゴールを決める。
さすがという感じだったが、決めたゴールはまさにカルチョサッカーそのものだった。
ロナウジーニョもモウリーニョ同様に今期からイタリアに来たわけだが、彼はイタリアサッカーを変えることよりも、イタリアサッカーに倣うことを考えているように見えた。
その結果の産物がゴールだったように見えた。

予想通りモウリーニョが動く。アドリアーノ、クルスを投入したスリートップという感じか?
マイコン、クアレスマのサイド攻撃は完全に封印されており、スリートップの個の力に託したのか。
いや、託さざるを得ないという表現のが正しい感じか。

インテルに中盤という概念は感じられなかった。カンビアッソは存在感を示しているものの、孤軍奮闘という感じだった。
特にビエラはひどかった。彼の前ならバラックが神様に見える。
なんでモウリーニョは、あんなビエラを使っているのだろうか?
これまた、使わざるを得なかったという表現が正しいのだろうか。

ブルディソが退場となる。点差は一点ビハインドのまま。これで降参か?
チェルシーの時は、こういう場合でも最後まであきらめることはなかった。
エシアンやランパードを中心に運動量で勝負したり、テリーやドログバを中心に心で最後まで勝負していた。
例え相手には勝てなくても、自分たちに負けることはあまりなかった。少なくとも、こういう大一番ではそうだった。

モウリーニョのサッカーは、実はスタイル的にはカルチョ的だ。それは、皆さんが思う通りだ。ただ単なるカルチョの模倣だけだったら、ポルトやチェルシーでの成功はなかったと思っている。それはモウリーニョのサッカーを数年間見てきた私の考えに過ぎないかもしれないけど、少なくともこれまで私が支持してきたサッカーはカルチョではなかったはずだ。
確かにモウリーニョがポルトやチェルシーに持ち込んだもの自体は実は単なるカルチョだけで、そのモウリーニョの持ち込んだカルチョが他国のサッカー文化と融合して化学変化を起こしただけなのかもしれないけど。

この試合での、モウリーニョはカルチョという大海に埋没していたように見えた。ポルトやチェルシーで見せたような「違い」や「存在感」を示すことはできず、カルチョという歴史の前に屈したように感じられた。カルチョならアンチェロッティのほうが上なんだろうし、それがまんま結果となって表れた感じだ。

果たしてモウリーニョはカルチョを変えられるのだろうか?
それともカルチョに埋没してしまうのだろうか?

私はモウリーニョなら変えられると思っているが、この試合を見て少し時間がかかるようにも感じた。

もちろんモウリーニョはスペシャルワンだから、思ったよりも早く変えてしまう可能性もあるが、カルチョにカルチョ以外のものを持ち込むことは、そんなに簡単なことではない気がする。
少なくともポルトガルやイングランドにカルチョを持ち込むよりは難しくそう。