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zoom RSS オシム日本代表の「考えて走るサッカー」2006年総括 サウジ戦より橋本治氏に感化されて

<<   作成日時 : 2006/11/16 19:14   >>

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■「走ることがそのまま“考えている”になるような状態まで、“走る”という能力を我が身に宿らせろ」by橋本治

オシム・サッカーの基本は「考えて走る」に要約されてしまったが、まさかそんなイージーなものであるはずがない。(中略)「考えて走る」を私なりに整理すると、これは、「走ることがそのまま“考えている”になるような状態まで、“走る”という能力を我が身に宿らせろ」である。(中略)つまり「考えて走る」は、「考えて走るな。ただ走れ。走って走って、ただ走ることに慣れて、走っている間に明確な状況判断ができて、自分の認識に基づいて動けるようになれ」なのである。
広告批評11 2006NOV NO.309橋本治「ああでもなくこうでもなく 第109回」より

まさか広告批評の橋本治氏のコラムで、オシム監督の話題が出てくるとは思いませんでした。橋本氏のコラムは大好きで、その部分だけ愛読しているのですが(笑)、まさかオシムという言葉が出てくるとは夢にも思っていませんでしたよ。

コラムは「安倍内閣発足」「小泉内閣の5年間」「日本的革命・改革」について書かれているのですが、それに絡める形で「サッカー・オシム日本代表」についても語られています。非常におもしろかったので興味ある方はぜひ買って読んでもらいたいのですが、ここではそのコラムの本質とはちょっとずれるのですが橋本氏が「オシム・サッカー」「考えて走るサッカー」についての解釈が興味深かったので、その部分を取り上げさせていただきました。かなりはしょって要点だけまとめさせてもらったのでわかりにくいかもしれませんが、私が思うに要は「走ること」と「考えること」が同時に自然にオートマチック(?)にできるようになることがオシムの提言するサッカーであると橋本氏は言いたいのでしょう。で、たぶん、それは正解に近いと私は思っているのですが、考えてみれば、それってサッカーでは当たり前のことなわけで、「走ること」と「考えること」を分けてプレイする選手なんて基本的にはいないんですよね。じゃ、オシムはサッカー選手にとって「当たり前のこと」を提言しているのかといえば、もちろんそうではなく「他の選手より多く走れて」「他の選手より明確に状況判断ができるようになれ」と提言する意味で「考えて走る」と言っていると思うわけですよ。まぁ、これはいまさら書くような新しいことでないとは思いますが。

■サウジアラビア戦の駒野のプレイから考える「オシム・サッカー」

昨日のサウジアラビア戦。日本が先制する前だったと思うのですが、攻撃時にこんなプレイがありました。GK川口から右サイドの加地にボールが渡り、加地が中盤の中村に預け、中村から前線の巻にクサビのパス。巻がポスト&基点になり、そこから逆サイドへサイドチェンジ。走りこむ駒野にパスが渡りセンタリング。クサビ&サイドチェンジで崩すという「いい攻撃の形」が見れたシーンがあったんですが、ここでの駒野のオーバーラップの動きは秀逸でした。たぶん中村から巻にパスが出た瞬間に走り込んでいたと思うんですが、その時の駒野の思考は「走ればパスが回ってくるだろう」という状況判断によるものであり、その「走り出すタイミング」というか状況判断がすばらしかったプレイでした。まぁサッカーではよくある「なんでもないオーバーラップ」と言えばそうなんですが、その「なんでもない走ること」と「なんでもないオーバーラップするという状況判断」がきちんとできていたからチャンスとなったわけです。このサッカーでは「なんでもないウイングバックのオーバーラップ」ですが、もちろんそのオーバーラップが失敗する場合ってのもあるわけです。たとえば、先のシーンで中村がパスミスしたり巻がボールを取られたりしたら、当然ながら駒野までボールは届きません。で、その結果、逆にサウジアラビアにカウンター攻撃されて、駒野がオーバーラップした「後ろのスペース」を突かれて失点してしまう可能性だってあるわけです。

つまりウイングバックやサイドバックがオーバーラップする場合には「ボールが必ず来るであろう」という仲間のプレイヤーを信じる気持ちと、仲間がミスして「ボールがこなかったらやられてしまう」という恐怖心の2つがあると思うわけですよ。で、その恐怖心が大きければ大きいほどオーバーラップはできなくなるし、走り出すタイミングだって遅れてしまうわけです。

■駒野はあのシーンであの早いタイミングでオーバーラップができたのか?

以上の前提を踏まえて、では、なぜ駒野はあのシーンであの早いタイミングでオーバーラップができたのでしょう? そんなことは、いちいち考える必要もないくらい当たり前のことかもしれませんが、要はボールが来るという「状況判断」ができていたからで、たとえもしボールがこなくても「怖くない」という2つの考えがあったからだと思うんです。状況判断については当たり前のことなのでここでは割愛しますが、ポイントは「なぜ怖くなかった」のかということ。まぁこればっかりは本人に聞いてみなくてはわからないことかもしれませんが、私が思うに、それは
@「オーバーラップしても、その空けたスペースを誰かがカバーしてくれる」という思考か、
A「オーバーラップしたあと、もしボールを取られてしまった、“走って”守備に戻ればいい」という思考か、
B「オーバーラップしたあとのことは知りません。何とかなるでしょう。」という思考の、3つのどれかになると思うんですよね。たぶん。他にもあるかもしれませんが。

で、オシムの「考えて走るサッカー」というのは、たぶん上の@とAの意識を選手に刷り込ませるサッカーであると思うんですよ。「オーバーラップしても誰かがカバーしてくれるので問題ないから“走れ“」という考えと「オーバーラップがたとえ無駄になったとしても、”走って“戻れば問題ないから、”走りなさい“」という考えに基づいたサッカーとでも言いますか。もちろん、これは「恐怖心を取り除く」というマイナスの視点からの”考えて走る“サッカーなんですが、当然、反対のプラス思考からの”考えて走る“サッカーという刷り込みもあるのは言うまでもないところです。

■オシムの「考えて走る」サッカーとは、本当のところどういうものなのでしょう? それで本当に強くなれるのでしょうか、勝てるようになるのでしょうか?

さて、ここまで書いてきてなんですが、この”考えて走る“サッカーというのは、別にオシム日本だけのものでないですし、世界中のあらゆるところで行われているものです。当たり前のこととでも言いますか。ただ、この「当たり前」を90分すべての時間にわたって行えるチームはほとんどありませんし、この「当たり前」をやるスピードにも違いがありますし、この「当たり前」は状況に合わせて的確に行える回数にも違いがあるわけです。この「考えて走るサッカー」を90分絶え間なくできる運動量、相手よりも早くできるスピード、相手よりも正確にできる技術を磨いて極めれば勝てるようになるはずというのが、オシムの「考えて走るサッカー」なのかなぁと思うのですが、はたして、その思考や方法論で本当に強くなれるのでしょうか、勝てるようになるのでしょうか? それについて、私的にはまだ「わからない」というのが正直なところです。これはオシム監督のやり方云々というより、単純に日本のサッカーの問題点ということなのかもしれませんが。「考えて走る」という方向性はわかりますが、それを踏まえて個人的に引っかかっているのは「技術」「フィジカル」「ゾーンディフェンス」の3つだったりします。「技術」に関しては以前ファンタジスタ論とかで書いたのでここでは割愛しますが、今回は「フィジカル」と「ゾーンディフェンス」について思うところを簡単に書いてみたいと思います。

■オシムのサッカー(というか日本代表)で、ちょろっと引っかかるところ@「ボールを扱うことによるフィジカルの差」

まずフィジカルについてですが、これについてはジーコがW杯のあとに触れてましたし、あえて説明するまでもないかもしれません。で、たぶんオシム日本代表は「フィジカル勝負」で勝負するのは厳しいので、それに対抗するために「考えて走るサッカー」というのを持ち出したんだと思います。それはたぶん、正しいのでしょう。ただ、私は「高さ」や「ぶつかり合い」といった単純な体格差による戦いはどうしょうもないとしても、「ボールを扱うことによるフィジカルの差」つまりは「キック力」の差は埋めないといけないと思うんですよね。ちょっと話が変わりますが、たとえばバスケットボールというかNBAでは、私は「ダンクシュート」ができないと勝負にならないと思ってます。まぁダンクができなくても遠目からのシュートが正確で100%決めることができる選手がいれば勝てるのかもしれませんが、現実的には「ダンクシュートは当たり前、それにプラスして違いが出せる?」ってスポーツだと思ってます。まぁ田伏でしたっけ? 日本人NBAプレイヤーとしてがんばっていたみたいですが、日本人がアメリカにバスケで勝てるとまったく思えないんですよね。なんでかって「ダンクシュート」のみならず「フィジカルの差」が如実に現われるスポーツだと思うから。NFL(アメフト)やラグビーも同様。で、逆にあまりフィジカルの影響を受けないと思われるのが野球なわけで、松坂の大リーグ入りがニュースになってますが、あまりフィジカルが影響しなく日本人でも世界で戦えるスポーツであるのは言えるのでしょうか。まぁ野球はどうでもいいと言えばいいのですが、ただ野球の世界でも当然「速い球が投げられる」とか「アメリア人のピッチャーの球威に負けない」とかいう「ボールを使ったフィジカル(フィジカルという言葉はおかしいですかね)」が必要とされると思うんです。さて話をサッカーに戻しますと、私はサッカーはNBAほどのフィジカルの差は影響しないスポーツであると思ってます。もちろんフィジカルの差が影響する部分もありますし、フィジカルで勝負するサッカースタイルもありますが、そうでないスタイルでも戦えるスポーツであるといえると思うんです。ですが、一方で野球の「速い球を投げる」「球威に負けないで打てる」同様の個の技術のフィジカルは戦況にかなり影響すると思ってます。具体的に言えば「パスの距離」と「シュートレンジの広さ」の2つです。特に「シュートレンジの広さ」は影響あるように思うんですよね。ドイツW杯では「ミドルシュート」によるゴールが印象的でしたが、ペナルティエリアの外からのシュートってのは当たり前という感じで、遠い位置からもどんどんミドルシュートを打つし、決めてしまう選手がたくさんいました。プレミアリーグやCL見ていても同様ですで、そのシュートを狙えるレンジや位置ってのが、海外に比べて日本では狭く近いように思えてしまうわけです。まぁ、もちろん選手で差はありますし、海外的なレンジをもった選手もいると思いますが、私的には日本代表を強くするのは、そこは意識を持って改善していかないとやばくないですかと思うんですよね。これはの普段の練習や試合で意識して行えばできるものだと思うのですが、まぁ現実には海外リーグでプレイして身に付くものなのかもしれませんが…。

■オシムのサッカーで、ちょろっと引っかかるところA:「ゾーンディフェンス」でなく「マンマーク」主体なところ

続いて「ゾーンディフェンス」。これも結局は「考えて走るサッカー」というところにつながってくるのかもしれませんが、オシム日本代表の「マンマーク守備」が今後も続くのか、それで世界と戦うのかどうかってのは、かなりの重要なポイントだと思うんです。まぁマンマークといってもサウジ戦とか見ると「中盤はスペースをケア」して守っているところもありますし、状況によってダブルマークや連動プレスからのインターセプトしているとこもあるので一概に「マンマーク」か「ゾーン」か区別して言えないところもあると思うのですが、ただオシムのサッカーは間違いなく「マンマーク」が基本というか「1対1」が基本になって、それで世界と戦えるのかってのは非常に興味あるところなんですよね。

「オシムの言葉」はよく読んでないのですが、確かジェフ就任当時にフルコートで「1対1」をプレイさせて、「お前ら助けに行かないのか?」ってことで、「1対1」が「2対2」となり「3対3」となり…というエピソードが掲載されていたと思うのですが、それからわかるようにオシムのサッカーの基本は「1対1」だと思うんですよ。で、「1対1」で勝てないなら「2対1」の状況を作るようにしなさいという「数的有利な状況」を作り出すことがオシムのサッカーであると思うんですが、例のビブスの色分け練習ってのは「数的有利な状況の戦い方や、守り方を教え込むためのもの」「そういう状況を体にしみこませるためのもの」って理解しているんですが、そうでもないのでしょうか。まぁ極論から言えば、サッカーとはそういうものであり「ボールがあるところ」を中心に自分たちと相手人数の関係やスペースを考えて、その状況下での最善の選択を迫れるものだとは思うのですが、それをボール周辺の局面だけでなく、ピッチの広範囲にわたって各人に決まった範囲(ゾーン)を守ることを託して連携して行う守備が「ゾーンディフェンス」だと思うわけで。「1対1」の延長で守るのか、それともピッチを「いくつかのゾーンに分配して守る」のではやっぱ違いが出てくると思うわけです。

ここで、またまた話をサウジ戦に遷します。試合後のオシムのコメントからです。

そういうふうにしようとしたが、向こうの方が上回っていた。つまり、相手チームのベストプレーヤーをマークする。それによって試合を作る、あるいは壊すことは、はっきりと説明はしやすい。例えば極端な例だが、バルセロナと戦うとき、有名なロナウジーニョとかメッシとか、そういう選手にマーカーをつけたとする。その場合、マークするこちら側が怖がっているわけだ、必要以上に。マークする役割の選手は、向こうのよさを消すというところでしかプレイしていない。例えば、こういうふうに考えられないだろうか。それまでロナウジーニョをマークしていた選手が、マークをほっぽり出してゴールに向かう。そしてパスをもらおうとする。その時、ロナウジーニョはどうするだろうか。誰が追うのか。ロナウジーニョが追うだろうか? ロナウジーニョは一番近くにいたから、走らなければならない。もしロナウジーニョが戻って守備をするところまで追い込んだら、彼はロナウジーニョではなくなる。だから、最もよい選手を何とかしようとするには、そういうやり方での対策というものが考えられる。今日も24番については、そうしようと思った。彼をマークする係りの選手たちは、24番が攻撃で果たした役割よりも、もっと素晴らしい役割を果たした。つまり、日本の攻撃に役立ったということだ。http://sportsnavi.yahoo.co.jp/soccer/japan/kaiken/200611/at00011271.html

ここでオシムが言っているのは「1対1」の理論ですね。「最もよい選手を何とかしようとするには、そういうやり方での対策というものが考えられる。今日も24番については、そうしようと思った」と言っているように、相手のキーマンにマンマークをつけ、攻撃時にはそのマーカーが逆に「チャンスメーカー」になるとおっしゃってますが、その通りのところはあると思います。ロナウジーニョやメッシのたとえ話をされてますが、実際、ロナウジーニョやメッシにマンマークをつけるチームもあるでしょうし、さらにロナウジーニョが守備しないところに目をつけて、そこに攻撃の基点を持ってくる戦術を取るチームも確かにあると思います。ただ、もちろんそこには「1対1」で抑えることができるというものが前提にあり、実際のところロナウジーニョにマンマークつけることで、すべてのチームが守れるわけではないのもいうまでもないところ。だって、それで守れるなら、そうしますよね。たぶん。で、たとえば、これがロナウジーニョからマラドーナに代わっても話は一緒なんでしょうか?

アリゴサッキは「マラドーナというスペシャルな個を防ぐために考えたのがゾーンプレス」と何らかのインタビューで言っていました。マンマークではなく「プレッシング」「コンパクト」「高いライン?」という組織的な守備網を引いて、マラドーナという個を防いだと。で、そのゾーンプレスはさまざまな改良を加えられて、今のリッピやカペッロやアンチェロッティやモウリーニョやライカールトやベニテスらに継承され、欧州のクラブチームや代表チームで広く使われているわけなんですが、なぜ使われているかといえば、その答えは単純に「使えるから」「守れるから」ってことだと思うんですよね。我が日本代表でも、「ゾーンディフェンス」「ゾーンプレス」は加茂監督やトルシエ監督時に採用されてました。まぁジーコの時はちょろっと違うところもありましたが、でも「ゾーンディフェンス」の部分は継承されていたと私は思っています。しかしオシムは今のところ、それを採用していません。その理由はわかりませんが、それはたぶん「ゾーンディフェンス」は一般的だがオシム的には「マンマーク」のほうが固く守ることができると思っているか、それとも「考えて走る」オシム・サッカーを行うには、そのほうが合っているからか、もしくはその両方(守備面でも攻撃面でもいい)と思っているかのどれかでしょう。そして、もちろんその「マンマーク」のやり方に「自信」を持っているというのもあるのでしょう。

例の90年W杯で旧ユーゴスラビア代表を率いてベスト8に導いた実績と、当時、アルゼンチン代表のキャプテンだったマラドーナをマンマークで抑えたという実績もあるわけですからね。ただ、個人的には「マンマーク」で本当に大丈夫なんだろうかと思うところがあるんですよね。確かにそれでマラドーナを封じ込めたことはあるんでしょうが、果たして当時のユーゴスラビア代表と今の日本代表を同じ視点で見ていいのだろうか。同じやり方で大丈夫なんだろうかって。個人的に、来年はこのあたりに注目してオシム日本代表を見ていきたいなと思ってます。特にアジア杯は注目ですね。

以上、サウジアラビア戦の雑感を急遽やめて、橋本治氏に感化された、よくわからない内容になってしまいましたが、最後にその冒頭で昇華した広告批評の橋本治氏のコラムからこちらの言葉を拝借して、このエントリー終了です。

安倍晋三にイビチャ・オシム並の知性を要求してもしょうがないんだろうが、オシム・ジャパンのあり方は、今後の日本のあり方を象徴していると思うので、「頑張れオシム・ジャパン」と言っておこう。
広告批評11 2006NOV NO.309橋本治「ああでもなくこうでもなく 第109回」より

橋本治氏とオシム監督で対談してもらいたいなぁ。おもしろいと思うけどね。
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doroguba*footballcol...
2009/10/20 23:03

コメント(14件)

内 容 ニックネーム/日時
 dorogubaさんこんにちは。マンマークに関しては、厳密にはゾーンもマンマークだったんでは。違ったっけか。
 ゾーンディフェンスを日本語のサッカー用語に置き換えると、「マークの受け渡しで守る」となります。マークを受け渡すと言うのは要するに、味方にマークを受け渡すまでは、マンマークしてるってことですよね。
 スペースマークとかボールマークとかいうのも存在していてややこしいんですが……。
 ゾーンとマンツーマンによって、優先順位がそれぞれ異なります。
 間違ってたら御免なさい。
 
FD3S
2006/11/16 21:05
>FD3Sさんへ
お久しぶりです。マンマークとゾーンについては確かに。言葉とか用語がごちゃごちゃになっているところがあるので間違ってたらすみません。
「味方にマークを受け渡すまでは、マンマーク」はその通りなんでしょうが、受け渡すゾーン、スペースがどうなのかってことなんでしょうかね?
http://www.fujix.co.jp/varietyfootball/archive/detail_02.html#sen2
とか読んで勉強します。
doroguba
2006/11/16 21:58
ジャウミーニャが言っていた『ボール・技術・センス』って言葉が私には残ってますけどね、カッペロやリッピ等の名監督のくだらない戦術論よりもね。戦術とは一対一であまりにも力が離れてればまったく意味のないものですよ。
マンマークに関して言えばクライフも同じ事を言ってましたよ、チームの一人がマークを受けて苦しんでると必ず周りにフォローに行かなくていいんですかといわれる。しかしそういう時は決まって「そこはあいつに任せておけ、別の方法でチャンスを作ることもできるだろう」ってな事を読んだ記憶があります。試合とは大局を見なければまったく意味のないものですね。
メッシよりもテベス
2006/11/16 22:52
ロナウジーニョやメッシは、マンマークつけたぐらいじゃ抑えられない
けどね。チェルシーだってブラールズがマンマークについてたけど、
エッシェンやマケレレもフォローにいかないと、潰せないだろう。
デベスなんかよりメッシ
2006/11/16 23:57
こんばんは。
私は「戦術は古いか新しいかよりも、常に効果的かどうかで論じるべき(by西部氏)」という論理には賛成なのですが、中田英寿の言葉ではないのですが、最終的には個々の能力って部分でいつかミスマッチが発生して、マンツーマンがいつか破錠しそうな気がするのです。勿論、局面においては、マンツーマンもゾーンも違うようで似ている部分もあると思うんですけどね(この辺で・・・あとは自分のBlogで書きますね・・・すいません)
オシムJAPANの大枠で一番気になっているのは、90分通して“走る”ことを要求しているのか?って部分です。きっとオシムはそこまで無理強い?はしてないと思うのですが、どうも選手が“ボールと人が動くサッカー”的な部分に縛られている感はあるんですよね。もっとジーコJAPANの時のようにポゼッションを高めてあえてマイボールで引き寄せて突く!みたいな形がなさ過ぎる気がします。求めすぎでしょうかね?(苦笑)
コージ
URL
2006/11/17 01:53
ゾーンにもマンマークにも一丁一旦がありますよね。まあ一人ひとりの
守備力が高いならゾーンディフェンスが一番いいのだろうが・・・・

マンマークで最終ラインに1人あまらせるのも、一つの手でしょう。
ヒディングなんかもするでしょう。
コーク
2006/11/17 07:58
はじめまして
マンマークは日本人の性格に向いていると判断したものと思います。
はっきりと役割を与えた方がうまくいくのではないでしょうか?
こう
2006/11/17 11:27
dorogubaさん、こんばんは。
オーバーラップのタイミングというのは非常に難しいですよね。dorogubaさんのおっしゃるとおり、オーバーラップ決まればチャンスとなり、決まらなければピンチを招くというギャンブル的な要素も含んでいますから、とってもデリケートな問題だと思います。
私は「駒野が早く上がれる理由」として、鈴木啓太の存在が非常に大きいと思います。上の記事の@にも繋がりますが、今の日本代表は、鈴木がしっかりと後方をカバーしてくれることによって、加地も含め、サイドの選手は非常に上がりやすくなっていると思うのです。それが結果的にサイドの素晴らしいオーバーラップに繋がっているのではないでしょうか。オシムが鈴木のことを「日本のマケレレ」と形容する理由の一つはこんなこともあるのだと思いますが、いかがでしょうか。
新右衛門
URL
2006/11/17 18:42
サウジ戦決して良い出来だとは個人的に思えませんでしたが、ようやくスタイルがぼやーーと見えてきたかなと思います。よく分からないのはサントスをボランチで起用したりすることですが。

しかし、加地の実力は凄いですね。おそらくアジア最強のSBでしょう。後半十分過ぎに運動量が尽きた日本の中で一人九十分フルに持ったし、尋常じゃない運動量だった。バケモンだとしかおもえん。

気になったのは放り込み的な攻めが多く、しかも雑だったところですね。鈴木はパス精度がかなり悪く、正直心配というか、酷いパスミスも何本かあった。サウジが絶望的に出来が悪かったので助かりましたが。
駒野のオーバーラップが良かったのは確かなのですが、個人的にはなんで彼がドフリーになってたのか謎でした(笑)
RR
2006/11/17 19:18
>メッシよりもテベスさんへ
先日「相手の長所を消すのはどのレベルの相手関係なくやるべき」とおっしゃってましたが、そのための戦術という感じなんですけどね。マンマークに関して言えば、それが勝利を呼ぶこともあるんでしょうし、逆に仇になることもあるということでしょう。

>コージさんへ
「マンツーマンもゾーンも違うようで似ている部分もある」はその通りだと思いますが、やっぱ基本的には違うものであるのかなぁと。それについては後ほど。「縛られている感」は確かにありますが、それが日本代表という気もしてます。「縛られている」からオシムサッカーができているきもするし…!?

>コークさんへ
「マンマークで最終ラインに1人あまらせるのも、一つの手」は確かにそうですが。オランダ人のヒディンクはゾーンではありませんでしたっけ?
doroguba
2006/11/17 22:43
>こうさんへ
はじめまして。「日本人の性格に向いている」から採用しているのかもしれませんが、本当にそうなのかなぁと言いたいわけで。どうなんでしょうね?
>新右衛門さんへ
こんばんは。「鈴木がしっかりと後方をカバー」はそのとおりだと思います。ただ、中盤の仕事はカバーだけではないと思うので、それ以外の仕事をどれだけできるかってのも当然ポイントになると思うわけで。たとえばチェルシーではランパードがいるからマケレレが生きるわけですし、その逆もしかりなわけで。
>RRさんへ
「がぼやーーと見えてきた」感じですね。「放り込み的な攻め」に感じるのは、たぶん中盤でボールを持たないスタイルだからなんでしょう。「ドフリー」はまさにそうでしたが、まぁ相手がダメでも形ができない場合や、ゴールできない場合もあるので、ゴールできたことを褒めたいですね。
doroguba
2006/11/17 22:44
はじめまして。dorogubaさんがおっしゃるように、オシムのチームでも必ずしもべったり一人でついていくわけではなく、二人三人で囲い込んでボールを奪う、というシーンがよく見られます。一般的に「マンマーク」と思われている守備そのものではないですが、「ゾーン」と思われている守備でもないでしょう。

ゾーンのいい部分は、守備をある程度簡単にオートマティックにできるということだと思います。とりあえずどの地域を埋める、カウンターをされたらどの部分に戻る、という約束事がはっきりしているため、選手も理解しやすい、監督も指示も出しやすい。それに比べて今の代表の「曖昧な」(悪い意味ではありません)守備は難しい。
基本はマンマークですが、攻撃に出てすばやいカウンターを食らったときに愚直にマンマークを貫くのか?それともマークを振り捨てて止めにいくのか?
選手が考える余地がいくらでもあるんじゃないでしょうか。そういう面も含めて「考えて走る」サッカーなのかな、と。
ただ、そういった高度な守備戦術が代表という限られた日程の中で完成するのか?というのは、神(オシム)すら知らないのかもしれませんね。
タカク
URL
2006/11/18 00:43
>タカクさんへ
はじめまして。返事遅くなりました(というか書いてませんでした)。「どの部分に戻る、という約束事」はその通りだと思いますし、それがないから後半グダグダになるところもあるのかなと。ゾーンというよりコンパクトについてどう考えているのかってことがポイントなのかもしれませんね。
doroguba
2006/12/06 23:41
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URL
2007/02/23 06:29
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