森岡が無事でトルシエの「最終ラインを高くすることに拘るサッカー」というのが、どこまで通用するのかということ、そしてそのサッカーを完遂することで、日本サッカーがどう変わるのか? 何も変わらなかったのか? という所は見てみたかったということは、あの2002年の六月を思い返して、最も強く思う「if…」であったりします。 トルシエの「最終ラインを高くすることに拘るサッカー」が、どこまで通用するのか見てみたかった人ってけっこう多いんでしょうかね。それを2006年のドイツで見たかったという人は多かった気もしますが、残念ながらそのトルシエの「最終ラインが高いサッカー」をジーコは引き継ぎませんでした。ジーコはむしろその「最終ラインが高いサッカー」を嫌っていたわけですが、それに対して不満を持っていた人も多かったことでしょう。たぶん、その筆頭が中田英寿。彼はジーコのサッカーがハイラインじゃないことに不満を持っていたように感じました。高原も同様かな? 例の中田英寿が福西と練習中にボールの奪いところで揉めた事件を覚えている人もいると思いますが、それを皮切りに、なんたってワールドカップ直前のドイツ合宿中までボールの奪いどころというか「ラインの高さ」で揉めていたんですからね。当時の中田英寿のハイラインサッカーに対する思いは深かったと私は思っていますが、その最大の理由はやっぱ「トルシエの2002年のスタイルの続き」を試したかったというだったのか? というか、そのトルシエの「最終ラインを高くすることに拘るサッカー」こそが、日本代表が成功する唯一の方法論であるとさえ思っていたんじゃないかな? まぁわかりませんが、私はジーコ日本代表の4年間というのは、ある意味「最終ラインの高低の戦術論」を巡る4年間であったとさえ思っているんですよね。で、私はジーコが去った後でもまだこの「最終ラインの高低の戦術論」の是非というのは結論が出ていないんだと思っています。というかこれは結論は出ない問題なんですよ。だった、どっちも一長一短あるわけですから。そして、その「最終ラインの高低の戦術論」に対して明確な回答をしてくれると期待していたのがオシム監督であったわけですが…。(続く) |
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コンパクト・フィールドを作るのは当時もトレンドだったわけで、そのコンパクトを高めに設定するか低めにするかですよね。ベースとしてですけど。トルシェは高め志向だったということでは。 前目の選手は攻撃を考えるからプレスも高めから行きたい、最終ラインの選手は守備を考えるから裏スペースを使われたくない、で間延びする。選手任せにして整備しなかった(できなかった)ということではなかったでしたっけ。 今はアジア相手でも序盤は様子見、警戒してゲームに入るので高いイメージがないだけの気がしますけど。どうなんでしょ。あ、おひさしぶりです。 |
ラ王 2008/07/17 05:14 |
私もラインの高低に関しては |
jerry 2008/07/18 20:50 |
>ラ王さん |
doroguba 2008/08/05 13:03 |
>jerryさんへ |
doroguba 2008/08/05 15:41 |
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