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名波の言葉で印象に残っているのは、やっぱ「一年生になりたかった」である。 これ厳密に言えば名波じゃなく藤田が名波に言った言葉だった気がするが、名波の著書によるとセリエAのベネチアに移籍した動機の本質が「それ」だったようだ。 その言葉の意味合いは、たぶん「新しい挑戦」とか「チャレンジ」とかいう感じなんだろうけど、あえて「一年生(のような状況)に戻りたかった」という、ちょっと後ろ向きな言葉で表現するところが彼の魅力であり欠点だった。 名波の魅力と言えば、やはりその左足から繰り出されるパスだったんだろう。彼のパスが技術的な面が素晴らしいのは言うまでもないが、それより何より素晴らしかったのは、彼が放つパスにはメッセージというか意思が感じられたことだった。 例えば、彼のパスは周りの選手に「ほら、チャンスだよ」とか、「今はピンチだから気を付けて」とか語り掛けているかのように見えた。たぶん彼のパスを受け取った人はスムーズに次のプレイに移れたんだろうし、彼のメッセージを理解できた人は状況判断に迷うことも少なかったのではなかろうか。 逆に言えば、彼のパスには「第一に考慮すべきは、自分が所属する芸能プロダクションの利益さ」とか「サッカー選手だって広告代理店的な発想が必要だ」というような、プロならではのいやらしさは微塵もなかった。基、なかったかどうかはわからないが、少なくとも彼のパスにそのような強烈な自己主張のメッセージを感じた人はほとんどいなかったはずだ。 というわけで、私は名波のパスに「いじきたない大人たちの虚栄」ではなく「純粋無垢な穢れを知らない子供たちの美しさ」を感じていたんだけど、それはもしかしたら「名波の一年生気質」が多大に影響していたのだろうか? 一方で名波は、その昔、南米の地でトルシエに「リーダーの資格なし」とコケにされたわけだが、その理由もやはり「一年生気質」にあった気がしている。確かゲームばかりして部屋に籠もっていたためトルシエにリーダーの自覚なしと人格否定されたと記憶しているが、「一年生願望」が強かった名波にしてみれば、何をトチ狂ったこといってんだこのオッサンという感じだったんだろう。 正直、その時のトルシエの過剰なパフォーマンスはやりすぎだとは思ったけど、名波の一年生願望がトルシエの勘に障ったこと自体は今ではなんとなく理解はできる気もする。 その後、名波はレバノンでトルシエの信頼を回復したかに見えたけど、結局、最後まで絶対的な人間性で信頼を得ることが出来なかったから日韓ワールドカップ本戦の最終メンバーからの落選したんだろう。 トルシエが求めていたのは「美しさ」や「創造力」や「一年生気質」でなく、それとは間逆の「醜さ」や「崩壊力」や「リーダーシップ」であったというのは、名波にとって不幸であったのかもしれません。 ちなみにトルシエサッカーの犠牲者という意味では中村俊輔も同様だったんだけど、中村はその後ジーコに救ってもらえただけ幸せ? というわけで名波選手、本当に今までお疲れ様でした。たぶん、また来年から本当の意味での「一年生」になるんでしょうが、是非とも、あなたのその一年生離れした素晴らしい経験を本当の一年生たちに伝授していただければ幸いです。 期待してます。 |
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名波選手のこと
ブログから検索 名波〜ななみ〜明日ゎ名波選手のホーム最終戦 当然最後には挨拶もある それに明日の結果次第ではJ1、J2との入替戦の可能性も出てきますょね その相乗効果もありチケットゎ5年振りに完売だそぅです 当日券もないんだって 野球ほどサッカーゎ見ないけどこの試合ゎ行…[... ...続きを見る |
ブログの口コミ、通販検索 2008/12/06 19:19 |
| 内 容 | ニックネーム/日時 |
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いつも楽しくROMさせてもらってるものです |
nanashiid 2008/11/23 01:41 |
>nanashiidさんへ |
doroguba 2008/11/30 19:37 |
2002年にメンバーから外れたのは怪我が大きかったと思います。 |
れどなっぷ 2008/12/01 19:46 |
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