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zoom RSS チェルシーとドログバ、そして世界は「異民族」の寄り集まり?

<<   作成日時 : 2009/07/23 00:08   >>

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■チェルシー

ぼちぼちチェルシーの練習試合が始まっているようですが、どんな試合であれ勝つのはいいことですな。早く映像で見たいなぁ。今のところフォーメーションは4−4−2のダイヤがメインみたいですが、やっぱ個人的には守備組織がどんなだか早くチェックしたい。チェルシーの生命線はやっぱ守備だと思うし、チェルシーの場合、守備がある程度安定すれば、攻撃もそれなりに機能すると思いますからね。まぁ、今のところアンチョロッティは「起用する選手は基本これまでの継続&システムはちょい模索」って感じでスタートしているみたいですし、そこは評価したいところ。それに主力との意思疎通もうまくいっているみたいですしね。

イギリス『タイムズ』によると、ドログバは、週給12万ポンドの3年契約延長で合意し、来週にも正式にサインすると伝えられている。
ドログバの去就について、アンチェロッティ監督は、次のようにコメントしている。
「ドログバは我々にとって非常に重要なプレイヤーだ。我々は今後も彼にチェルシーでプレーして欲しいと思っている」
「彼の仕事は、世界の他のどんなストライカーにもできない。かけがえのない存在だよ。私はドログバと話したし、彼が何を望んでいるかはわかっているよ」
「彼は残留したいと私に話してくれた」http://news.livedoor.com/article/detail/4261952/

私もドログバには、まだまだチェルシーでプレイしてほしいと思っているんで、このアンチェロッティのコメントはうれしいなぁ。ぜひ、このまま良好な関係で進んでもらいたい。もちろん、そのためには勝利という結果が大切になるんですが、怖いのはやっぱ怪我ですよね。プレシーズンはとにかくそこに気をつけて、チーム力アップに努めてほしいです。

■世界は「異民族」の寄り集まり?

黙々と練習する姿に、元U−23アルゼンチン代表DFパレハは「彼は偉大でクオリティーが高い。それでいて謙虚」と評価した。http://sports.yahoo.co.jp/news/20090722-00000020-sanspo-socc.html
しかし、マスチェラーノの代理人は、「ハビエルはスペインへ行きたがっているので、バルセロナとの契約は簡単だろう。彼はイングランドの生活にうんざりしているんだ。彼の妻は長期ビザを与えられていないので、海外に出るたびに面倒な手続きをとらなければならない。リヴァプールは売却を拒んでいるが、巨額のオファーがくればこれも変わるだろう」と話している。http://news.livedoor.com/article/detail/4262599/

「謙虚」と「うんざり」について、いろいろ考えをめぐらせてみたいと思う。今、なぜか本田勝一氏の「アラビア遊牧民」という本を読んでいるんだけど、この本によると「日本人のようにすぐに謝ることが特殊」であり、「イギリス人やベドウィンのように責任を相手になすりつけて過ちを認めないのが普通」なのだそうだ。まぁ、大げさに書いているところもあるんでしょうが、国や民族によって考え方や生活様式が違うことがあるっていうのは確かなんでしょう。以下、引用。

この本を読むと、「中東和平」なんて永遠に無理ではないか、という気になってしまうのだが..
 などと書く理由は、私がこの本でもっとも重要なポイントとなっているのは「親切で慎み深いベドウィンの正体」という章であると思うからである。最初のほうに「親切で慎み深いベドウィン」という章があるが、それに対して終わりのほうにあるのがこの章であり、ベドウィンと同じく厳しい自然環境にあるエスキモーとベドウィンとの比較、あるいはそれらと我々の常識との比較検討をしているのである。
 たとえば、「エスキモーにおけるギブ・アンド・テイクは、我々の知っている典型的なそれだったが、ベドウィンの場合は、そこから一歩踏み込むと「やらずブッタクリ」になる」といったくだりなど実に興味深い。そして、次のようにまとめている。
 エスキモーとともに生活したとき、私たちは「人間は、未開・文明を問わず、民族を問わず、結局同じものなんだ」という実感を強く覚えた。(中略)この実感は、ニューギニアのモニ族・ダニ族と生活したときも、強められこそすれ弱まりはしなかった。だが、ベドウィンはどうか。ここではエスキモーとは正反対に、「人間は、なんて違うものなんだろう」という実感を強く覚える。(中略)これこそ、本当に「異民族」なのだ。
 私たちは、好むと好まざるとにかかわらず、このような「つきあいにくい隣人」と世界を共にしている。世界は「異民族」の寄り集まりなのである。地球上では、おたがいに理解しにくい異民族がたくさんいる。この事実を無視して、一方的な考え方で他民族に接する「大国」は憎まれる。
 そしてさらに「ベドウィンのほうが普遍的で、日本人こそ特殊なのだ」の章が続く。
 そこでは、「どうもすみません」「失礼しました」という軽い謝罪の言葉を日本ほど乱発するところはない、ということを扱っている。
 自分の失敗を認めること。それは無条件降伏を意味する。そんなことをしたら「人間はすべて信用できない」のだから、何をされようと文句はいえない。(中略)
 世界の主な国で、皿を割って直ちにあやまる習性があるところは、まことに少ない。(中略)日本とアラビアを正反対の極とすると、ヨーロッパ諸国は真ん中よりもがっとアラビア寄りである。(中略)だが、日本人と確実に近い例を私は知っている。それは、モニ族(ニューギニア)とエスキモーである。(中略)異民族の侵略を受けた経験が多い国ほど、自分の過失を認めない。日本人やエスキモーやモニ族は、異民族との接触による悲惨な体験の少ない、ある意味ではお人好しの、珍しい民族である。
http://classic.music.coocan.jp/book/etc/honda.htm

私は残念ながら実際に国外で生活したことがないので経験からものをいうことができませんが、一流のサッカー選手であろうとも外国でプレイする際には「異民族の習性」というものが無視できないことであるのは容易に想像がつく。もっとも、いろいろな国の外国人が群雄割拠する多国籍軍的な集団だと、それはそれでまた異民族の習性の違和感の度合いが違うんだろうけど、どちらにせよ外国でプレイする場合は、ピッチでサッカーするだけでなく「異民族の習性に適合」できなければうまくいかないのではないだろう。まぁ、もちろん「適合」できなくても問題ない選手も中にはいるんだろうけど。

さて、冒頭のバレハ選手の「謙虚」と言う言葉。これは、果たして褒め言葉なのだろうか、それともバカにした言葉なのだろうか?

Michael Jackson "We Are The World" (demo)

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