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zoom RSS 「中村俊輔」という存在から考える、岡ちゃん日本代表。 または、彼女にとってぼくは「期限切れの缶詰」

<<   作成日時 : 2010/06/27 00:47   >>

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いろんなものに期限がある。この世に期限のないものは、ないのか・・・。
彼女にとってぼくは<期限切れの缶詰>にすぎないのか・・・。


■岡ちゃん日本代表にとって「中村俊輔」は?

中村俊輔というキーワードで引き続き。

大会が終わってからの総括として考えるべきことなんでしょうが、あえて今考えてみたいのが、今回の岡ちゃん日本代表にとって「中村俊輔」という存在。はたして、岡ちゃんにとって中村俊輔とは、いったいどういうものだったのか。フランスワールドカップのときのカズ的な邪魔な存在と化したのか、それともそうではなく、あくまで中村は今でも中心メンバーであり、今調子がイマイチなんで、岡ちゃんが止む無くベンチに置いているという存在なのか?

そんなことは、どちらでも問題ないのかもしれません。気にしている人も少ないんでしょう。ですが、ご存知のように岡ちゃんにはフランスワールドカップ時の「カズ外し事件」がたぶんトラウマとして残っているわけであり、個人的にはそのカズ外し事件と今回の中村外しをどうしても比較して考えてみたくなるんです(ってカズ事件とは無理に関係付けなくてもいいんですがね)。

■最終メンバー選考時の思考

思い起こせば、今回の岡ちゃん日本代表の最終メンバー選考は非常に淡白なものに見えました。これまでやってきたことを重視した順当なメンバー選考であったというふうに思えた一方で、フランス時のカズ外しを教訓に「当たり障りのない選定」となっていたようにも見えたわけです(そう思ったのは私だけかもしれませんが)。

何が言いたいかというと、要は岡ちゃんは最終メンバー選考時点でいったい何を考えて(何を重視して)、どんなことを考慮していたのかが知りたいということなんです。ワールドカップでの戦いをどこまで想定してメンバー選考していたのか? そこにはフランス時のカズ外しの影響(反省?)がどれくらいあったのか? みたいな。

で、ここから話は前回のエントリーとかぶってくるわけですが、実は過去の日本代表すなわちトルシエとジーコのときは、「中村俊輔の扱い方」というのは1つのチーム作りのポイントになっているところがあったわけで、その時の中村俊輔をめぐるスタンスをもとに、今回の岡ちゃん日本代表を考えてみるのも一興でしょうということが言いたい訳なんです。

■哲学的な要素

トルシエが中村を外した理由、ジーコが中村を寵愛した理由はそれぞれあると思います。そこには各監督のサッカーの哲学的な要素が絡んでいると思うんです。それについては割愛しますが、じゃあ、岡ちゃんにとっての中村俊輔という存在は、いったいどういう存在なのか? トルシエ的な存在? それともジーコ的な存在? それともトルシエとジーコの中間的な感じ?

トルシエが中村を連れて行かなかった理由はいろいろあるんでしょう。スタメンじゃないと使い難いとか、ベンチに置いとくとマイナスだとか。スターシステムが鬱陶しいとか。はたして岡ちゃんには、そういった中村俊輔の使い方に対する思考(マイナス面の影響についての考え)は最終メンバー選考前にはなかったのか?

ジーコが中村を絶対に外さなかった理由もあるんでしょう。チームの屋台骨だとか、国民的英雄はどんな状態でも出るべきだとか。適当に書いてますが(笑)、はたして岡ちゃんにはそういった絶対的な信頼(中村と心中的な考え)は微塵もなかったんでしょうか?

■「特別なもの」と考えていたわけではない?

わかんないけど、たぶん岡ちゃん的には中村俊輔を「特別なもの」と考えていたわけではないのは確かなのかな。「使えなきゃベンチに置きゃいい。トルシエは何恐れていたんだ、ベンチ要員で全然問題ないじゃん。スターシステム? 関係なし。ジーコは心中したけど、中村に心中するほどの価値もないだろ。ふつう熱があったら引っ込めるって。ジーコはアホだね。あそこまで中村を引っ張ったのは。使えなきゃベンチ。それだけのことです。」みたいな。

どうやら今時点でもそんな感じのこと言っているみたいだし、きっとそれで貫き通すんでしょうが、そのスタンスを我々はどう評価すべきなのか。勝てば官軍なんで、「それでOK」という意見が多くなるんでしょうが、トルシエとジーコのときのやり方を参考にして考えると、ちょっと浅はかだった気がしないでもないわけです。選ぶなら使う、使わないなら選ぶなみたいな極論が、もしかしたら中村選手を選考する場合には、考慮すべき点なのではないのか? それとも、そんな考慮は「外国人監督」だからこその弊害みたいなもので、日本人監督・岡ちゃんだからこそ「中村俊輔を変に特別扱いしないで扱えた」ことが大きかった的なことなのか?

■アイデンティティや美学やスタイル?

今後の岡ちゃん日本代表の戦い方次第では、もしかしたら「中村俊輔じゃなくて石川とか田中達也とか選んどけばよかったんじゃないの?」的な議論が出てくるかもしれませんし、ブラジル代表におけるドゥンガのロナウジーニョの扱い方とかに絡めると話が広がっておもしろいかもしれません。それと、何度も言いますがフランスワールドカップ時のカズ外しと、今回の中村外しの比較もありなんでしょう。中村外しは、カズ外しの再現なのか? それともカズ外しの反省を踏まえての、今回の中村外しなのか?

それともまったく2つは関係ないのか?

このあたり、ぜひともいろいろな意見がききたいところです。アンチ岡ちゃんの私としては(笑)、ぜひとも。で、それを考えて総括することが、今後の日本代表の発展にもつながる気がするんです。発展というか、日本人のサッカーに対するアイデンティティや美学やスタイルの問題みたいな感じ? って風呂敷広げすぎかな(笑)。 

参考文献
トニー・レオン 外伝 その5 『恋する惑星』<第一部>〜缶詰の気持ち〜

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コメント(7件)

内 容 ニックネーム/日時
オシムの代表にも2つの顔があったように思います。
アジア杯を戦った中村俊輔を加えたチームよりも
アジア杯前とアジア杯後のチームに私は魅力を感じました。
オシムはチームを構築する術を持ってはいたけれど、
異物である中村を加えることでチーム作りが停滞した印象です。
ドログバさんは、アジア杯後に行われたカメルーン戦を覚えていますか?
今、南アで戦っている代表チームに何だか近いように思うんですよね。
中澤、闘莉王、阿部を中心とした守備組織とか、ウイング置いた3トップとか。
そして決定的な共通点は、中村俊輔が不在ということです。
相手はカメルーンだったわけですし、少なからず岡ちゃんも意識したのでは。

それと、ドログバさんの中村への評価に違和感を感じます。
彼にはロナウジーニョほど前への推進力、得点力は無いと思うし、
ピルロに比べると、守備のセンスに欠けると思う。
一番近そうなタイプのリケルメと比べても、当たりに弱すぎますよね。
本当に使い勝手が悪い。チーム作りの際に伴うリスクが大きすぎます。

最後に。
2002年の中村は欧州リーグを知らない23歳のJリーガーです。
2010年の中村は欧州をお払い箱になった32歳のJリーガーです。
これだけ条件が違うのに、トルシエと岡ちゃんの心情を比べるには
無理があります。いずれにしろ特別視が必要な条件下の選手ではないですが。
ジェルビーニョ
2010/06/27 04:20
組織を考えれば、中村俊輔を使わない方がいい、というのは多分どんなバカ監督でもわかることです。オシムもジーコもそれはわかってたと思います。

ただ、二人の場合、やっぱり理論外の何か(オシムはスペクタクル、という表現を使いますが)を加えようという欲望がある監督なのだと思います。ジーコの場合三都主、中田、次いで田中誠、加地が戦術の中心だったと思いますが、三都主に加えて中村というのはちょいと無茶が過ぎるんじゃないかという気もします。しかし、それをやるのがジーコで、だから自分には面白い。オシムにしたってジーコよりは安定志向があると言っても、中村を使う戦術的な理由なんてほぼないわけです。遠藤と中村憲剛がいるんだから。しかし、それでも使いこなしたい、という思考を持つのは十分理解できます。こういう人たちはボロ負けもするし、非常な強さを発揮することもある。

ただ、こういう事ができる思考というか、勇気を持つ特殊な人が少ないのは当たり前のことですね。勿論岡田監督もトルシエもそういう特別な人ではない多分2006年に彼らが監督で、状態が良かったとしても、中村をスタメンでは使わなかったと思います。単純に戦術と合わない。けれど、だからこそ上手くいくという部分があるんで、そこは前にもいいましたが、プラスマイナスあります。
jerry
2010/06/27 07:42
小笠原を呼んだ時に、彼は力のある選手なんで使わないのに簡単に呼んで試したりできないみたいなこと言ってましたよね確か?結局ポイ捨てしましたけど。
だからきっと中村選手の事もきっと「特別なもの」だと思っていたと思いますよ。
で、本気で中村中心の訳分からんサッカーで行こうと思ってたけどあまりに調子が悪く(あまりに衰えがひどく?)、どう考えても外さざるをえなくなって他の選手使ったら前よりましになったんで、我に返って現実的なサッカーするようになったって感じじゃないでしょうか。

結局岡田監督が余計な事をせずに中村選手外して普通のサッカーしてみたら、思ったよりみんなが頑張ってくれたこともあって今の好結果に繋がっているってだけだと思います。
mm
2010/06/27 07:50
追記

カズ外しの影響はやっぱりまったくなかったとは言えないと思います。

監督のコメントで「中心選手がずっとコンデションが上がらず、上がるんじゃないかとずっと見てきたがJリーグでも代表でも調子は上がってこなかった」と言っているように、23名選考時の状態はひどかったにもかかわらず外すことができなかった。

中村外しの判断をメンバー選考後まで先延ばししてしまった背景には、中村選手を信じる気持ちも当然あったでしょうが、ここで切った時の影響というより反響が怖かったというのもあると思いますよ。

なにはともあれ、すべてがうまいこといってホント良かったなと思います。
mm
2010/06/27 08:11
以前も書き込ませて頂きましたが、2002年の中村俊輔の落選は妥当ですよ。
トルシエ代表での俊輔のポジションは、トップ下or左サイド(シャドーゲームメーカー)の2枠に可能性があったかと思います。彼をパルマでイタリア杯を獲った選手とフェイエでUEFA杯を獲った選手に太刀打ちできる選手と感じていたなら、当時のブログ主さんは日本のメディアに踊らされたニワカだったに過ぎませんね。今でこそプレミア通を気取ってますが、当時はどうせJ選手しか知らない代表厨だったんでしょ?まあ自分も似たようなものでしたけど。今考えれば、トルシエがバックアッパーとして、俊輔ではなく、三都主と小笠原を選んだことも選手の質的に何ら不思議はなかったと思います。ベンチのムードが悪くなるどうこうは関係なく。
drogba(笑)
2010/06/27 21:13
こんばんは。ちょっと私も便乗して(笑)
「カズ外しについて」たしか当時の記憶ではカズはパフォーマンスは良くなかったような。今考えると外すべきじゃなかったと思うんですけどね。
「今回の俊輔」チームは俊輔を軸に作ってきたけどコンディション悪く初戦を外したら勝利!で、念の為にオランダ戦使ったけど使えない。ゆえにベンチ要員になったと解釈しています。あまりチームのアイコンというスタンスはないかもしれませんね。わりと岡ちゃんは理想と現実が両極端のようなタイプだと思うのでね。
コージ
2010/06/27 22:01
みなさんコメントありがとうございます。いろいろなすばらしいご意見、大変参考になりました。
doroguba
2010/06/28 01:28
「中村俊輔」という存在から考える、岡ちゃん日本代表。 または、彼女にとってぼくは「期限切れの缶詰」 doroguba*footballcolumn*/BIGLOBEウェブリブログ
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