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zoom RSS 中田英寿氏がシュバインシュタイガーになれなかった理由

<<   作成日時 : 2010/07/20 02:09   >>

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中田英寿氏がシュバインシュタイガーになれなかった理由は、身体能力の問題だったのだろうか?

確かにそうだったのかもしれないけど、個人的にはそうは思ってなくて「身体能力」よりも「頭脳」の問題であったと感じている。で、もともと中田英寿氏の「頭脳」に惹かれて信者となった私的には、そこが残念でならなかった。

中田英寿氏はいわゆる「体育会系」ではない「クレバーなサッカー選手」と感じられたところが魅力であった。

文章はきちんと書けるし、語学も堪能で、読書や音楽にも詳しく、いわゆる運動しかできないような「サッカー馬鹿」ではなかった。そんな中田英寿氏の個性がこれまでのスポーツ界にいないタイプであったのが斬新であり、魅力的なところの1つであったと思うのだ。

もちろん身体能力も魅力の1つであると思うけど、それだけだったら私は信者にならなかった。サッカー日本代表もこれほどまでには応援しなかっただろう。

正直、プレンデッリパルマ以降の中田英寿氏には、個人的には段々とそのクレバーさが感じられなくなっていった。
で、段々と魅力を感じなくなり、最後にはファンであることが難しくなった。ただ、それでも日本サッカー界では現役引退するときまで一番クレバーであったと思っているし、私を再びサッカーの世界に引き釣り込ませてくれたことには非常に感謝している。

そこは本当に感謝したい。

現状の日本サッカー界から鑑みると、中田英寿氏のクレバーさは奇跡であったと思うからだ。

私のような、か弱き文系サッカーファン(笑)を育ててくれたのは間違いなく中田英寿氏だ。

残念ながら中田英寿氏は引退した。

そして、日本サッカー界は完全なる体育会系に戻りつつある。というか以前よりも「体育会度」が増した感じさえする。そこらの近所のサッカー少年の態度を見てもそんな感じだ。クレバーさのかけらも感じられない馬鹿が目立つようになった。個人的には嘆かわしい限りだが、それこそが本来のサッカー(選手)の姿なんだろう。


今回の岡田日本代表も「体育会の復権の象徴」と考えれば、それほど悪いことではないのかもしれない。


小沢健二の「ある光」という歌を改めて聞いて、そんなことを感じた。中田英寿氏は小沢健二じゃなかったし、そんな
幻想を抱いた私が馬鹿だったんだろう。まぁ、そんな勘違いもけっして無駄ではなかったのは確かですが。


この、なんちゃって「か弱き文系サッカーブログ」は、すでにこの世の中では用無しの部類に入っていることは自覚しなければならないのだろう。まぁもともと用無しだったのだろうけど、できれば、今年はそういうスタンスで、行きたいと思っている。

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コメント(7件)

内 容 ニックネーム/日時
中田英寿を文化系男子と感じた事は一度もないなぁ。
マッチョな文化人という印象しかありません。
村上龍的というか、緒川たまきではなく米倉涼子というか。
なんかそんな感じです。前園とラ王のCM出てた人ですよね?

ただ、それとサッカーインテリジェンスはまた別の話で、
中田とシュバインシュタイガーの違いじゃなくて、
単純にジーコとレーヴの違いに過ぎないと思います。
オージー戦はもし両チームの監督が逆だったらたぶん日本の勝ちだったのでは?
マジコ
2010/07/20 04:09
文化系かどうかは知りませんが(笑)、中田のヴィジョンというかプレーヤーとしての自分の"プロデュース"の意図・枠組みとしては、あの当時の日本から世界/ヨーロッパ/イタリアを見て、「あそこにとりあえず参入する為には何が必要か」を自分なりに割り出して、"ウェイトレ"や"パススピード"などいくつかの重点項目(あと語学か(笑))を日本にいながらにして鍛え上げて、見事参入には成功した。
ただいざ"中"に入ったら入ったで、もう少し細かい様々な能力が要求されたり(それが出来るなら次はこれ!!)、また引き続き変化するサッカー/戦術の流れにリアルタイムでは今いち対応出来ない(再プロデュースが間に合わない)ところが出て来て、パルマの途中あたりからは何か諦めてしまったようなところが感じられて、それがまた早めの引退にも結び付いているように、個人的には感じています。
相当に"進んだ"日本人だったけど、結局は限界があったというか状況に追いつかれ追い越されたというか。
・・・・「身体能力」というのは要はそれがあれば何にせよ融通や誤魔化しが利くし、変わるにしても出来る範囲がそれによって自ずと決まって来るからという、そういうことです。本田圭なんかを見てもね。(笑)
アト
2010/07/20 07:09
[か弱き文系サッカーブログ]面白いっす。

やや理系サッカーオタクとしては、オシムとかクライフのインテリサッカーが終わった時点で自分は食べ物としては洋ナシの部類に入ったと感じている。
ZSKA352
2010/07/20 20:05
中田氏がじり貧になっていったのは、論理的ではあっても問題を他者のせいにする様になったからなんですよ。テレビ朝日で中田氏がジーコジャパンの問題点を指摘する企画がありましたよね。そこでアレックスと宮本のプレイをやり玉に挙げていました。あの両方のプレイ場面で中田氏はどちらも絡んでいるにも関わらず、自分を除外して客観を装って他人の問題とした。暑熱で消耗するゲームで自分のキラーパスに合わせることを要求したのも、高いレベルを要求したととれなくもないが、チームメイトのプレイや状況を無視して自分を変えようとしなかった現れで、問題を他者のせいにした現れなんですよ。ゴール前のプレイだけに価値のあるようなセリエA中位以下のチームで中盤にこだわり仲間にさえそっぽを向かれボールが回ってこなくなったのも、自分を変えることをしなかった現れなんですよ。
そう言う意味で本田の場合、サッカーはアシストよりもゴールと言うチームメイトの意見に、よりゴールにこだわる様になり、1トップをヤレと言われれば前に誰もいない風景に戸惑いながらも、そのポジションに自分をなじませ、人に(中田氏なのだけど)アドバイスを求め、自分を変えているのは、彼の成長とさらなる成功を予感させるんですよね。
つまり頭脳も文化系も体育会系も、中田氏が活躍できなくなったことに関係なく、単に彼が自分を変化させられなかったからで、さらに暴論を言うなら、自分のプレイに飽きただけなんですよね。
長文ぶちまけ犯にして中田嫌い犯のたわごとでした。失礼
くまおま
2010/07/21 17:25
暑中見舞いもうしあげます。
真面目にコメントするの忘れてました。

シュヴァは若い頃ウィンガーとして責任をもって対面する選手を抑え、自らドリブルを仕掛け勝負することを学んでいた点が終生司令塔だったヒデと決定的に違います。
こちらは本物のポリヴァレントだったということではないかと。

その辺は前の方も述べているようにドイツと日本のサッカーの伝統の違いにも繋がるとおもいます。
前の選手はのびのびやらせて守備はDF中心にという感覚の時代が日本は長かったかもしれません。この辺はオシムなんかがうるさく言ってましたよね。
だからアレックスをボランチで使ったPIXYの発想は興味深い。

チェスカと呼ばれるみたいですが、本国やドイツなどではツェ(ーエ)スカーっぽくなる。
今回はドイツ表記でZSKA。本田はシーエスカーって英語っぽく言ってるんで私的に新鮮です。
このネタでは本田が鍵を握ってるようで。
ヒデはサッカーに見切りを付けるのが早かったですね。
それが進歩できなかった理由だと思います。

私もヒデ世代。彼に興味はなかったけど彼のおかげでセリエをTVで観て世界もサッカーへの興味が広がりました。
ZSKA352
2010/07/21 18:30
>マジコさんへ
コメントありがとうございます。「単純にジーコとレーヴの違い」は確かにそれもあるんでしょう。それでこの話をおしまいにするのもOKですよ。

>アトさんへ
コメントありがとうございます。仰せのとおり、中田氏の「自分の"プロデュース"能力」はすごいのだと思います。「パルマの途中あたりからは何か諦めてしまったようなところ」があるとして、その理由を知りたいですよね。まぁもう上にも下にもいけないがんじがらめな感じだったことの影響なのかもしれませんが、要は今のカズみたいな未来像は持ってなかったということなんですかね。身体能力でおっしゃりたいことはわかります。ただ、それがドイツのときにあったとしても、あまり違いはなかった気もするんですよね。まぁ、しょせんはたらればの話ですのであまり意味はないのかもしれませんが、今こそ中田英寿論を語る時な気もしていたりして。

doroguba
2010/07/23 03:02
>くまおまさんへ
コメントありがとうございます。「自分を除外して」ってところが悲しいですよね。まぁもちろん自分に厳しいところももっておられる方だとは思いますけど。自分を変える、変えないについては仰せの通りだと思いますが、まぁ中田には
「変えないでも生き抜ける自信」があったということなんでしょう。それを美しいと感じるか、醜いと感じるかということなんですかね? まぁ何にせよ中田氏がサッカー界に戻るならきちんとした形で戻ってほしいですよね。

>ZSKA352
コメントありがとうございます。「本物のポリヴァレント」はなるほど、そうかもしれません。「前の選手はのびのびやらせて守備はDF中心にという感覚の時代が日本は長かった」とすると、例のジーコ日本代表の時に例の宮本・福西との言い争いでの中田英の心境は「俺はボランチだけど前の選手だ」みたいな感じだったんですかね? 今のCSKAでの本田の確信犯的スタンスと同じ感じだったのかどうかは、非常に知りたいところです。
doroguba
2010/07/23 03:02
中田英寿氏がシュバインシュタイガーになれなかった理由 doroguba*footballcolumn*/BIGLOBEウェブリブログ
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