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zoom RSS 中田英寿氏がシュバインシュタイガーになれなかった理由 PART2 または無言の抵抗の意図

<<   作成日時 : 2010/07/21 23:52   >>

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■まるでトップ下のようなプレー

ピッチでは“無言の抵抗”に打って出た。前半は中盤の底から何度も前線に上がったが「あれを監督は望んでないから。監督はやっぱり、もう少し後ろでやってほしいみたいで」と“確信犯”的に攻撃参加したことを明かした。前半1分にチーム最初のシュートを放つと、7分には約50メートルのドリブルからワンツー突破で決定機をつくった。17分には右足ワンタッチでMFオリセーへ絶妙スルーパス。ロスタイムには得意のFKでゴール左隅を狙ったが、味方に当たって惜しくも左に外れた。まるでトップ下のようなプレーが、本田なりの“抵抗”だった。http://www.sponichi.co.jp/soccer/news/2010/07/21/01.html

こ、これはもしかして…「本田圭佑選手はシュバインシュタイガーになれるか?」みたいなお話ですか?(笑) 違う? 試合を見てないので何とも言えないのですが、まぁ要は「ボランチ」は普通そんなむやみに攻撃参加したらヤバいでしょみたいな話なのか。いやいや、そうではなくて、もっと本田選手を応援するスタンスから考えるほうが建設的? たとえば「ボランチのプレイは多岐にわたる」からとか理由つけて、ボランチの役割を守備的なものと定義したりするのはおかしいとイチャモンつけたり、そもそもボランチのプレイを正しい正しくないで評価するのは簡単なことではないみたいな話にもっていきましょうか?

■ボランチとは?

ボランチとは攻撃と守備の両方を「状況判断よく」行うことが求められるポジションだとは思うんですが、そのプレイをどう評価するかってのは難しいですよね。言葉の意味的には「舵取り」でしたっけ? じゃ、チームをどう舵取りするのか?みたいな意味合いになると思うんですが、基本はやっぱ守備になるのかな? いやいやバルセロナみたいなチームだと攻撃の中心? いわゆるピルロシシテムみたいな。

要はチームや監督によって、求められるものが違うという表現が適当かしら? 監督やチームによっては「守備だけ」を求められたり、あるチームでは「攻撃の中心」を求められたり、またあるチームでは「後方からの攻撃参加だけ」を求められることもあるのかな? 「後方から攻撃参加だけ」ってことは、さすがにないか(笑)。というか、まぁ攻撃も守備も全部なんでしょう。ボランチは守備だけしか許されないという監督もあるのかな? わからんけど、さすがに選手に「プレイの自由裁量権」を与えない監督はいないハズ。というか不可能だよね。ただ、監督が選手に何らかのタスク(お仕事)を与えることは普通なことなわけで。

で、上記引用させていただいた本田選手の「無言の抵抗」というプレイは、そんな監督のタスク(お仕事依頼)を「確信犯的に無視」したということなのか、それともあくまで状況判断から生まれた「選手がプレイするうえで必要な自由裁量権」の流れを汲むものなのか。とりあえず、その解釈の違いでプレイの評価も変わってくるのかもしれません。というか、やっぱ監督のサッカー哲学やチーム事情によるのは間違いないよな。

■どれが正解?

現CSKAの監督さんのサッカーに対する考えや哲学をよく知らないので何とも言えないのですが、ボランチの攻撃参加を認めてないってことはあるんだろうか? すなわち「縦のポジションチェンジ」や「リスクを冒すプレイをすること」を完全に封印しているみたいな? それはありえない気もするけど、まぁ一昔前のサッカー感ならば無きにしも非ずなのかもしれません。

で、本田選手の「もう少し後ろでやってほしいみたい」というコメントからだけで想像するのは難しいんですが、これは監督が「流れの中での縦のポジションチェンジの封印すること」ではなく、「本田、お前攻撃参加で上がりすぎ。それじゃ実質トップ下だろ」ってニュアンスなのかな? 要はボランチでのポジションの仕事をもっときちんとこなせよってみたいな感じ?

わかりませんが、論点はたぶん本田選手の攻撃参加が「ボランチとしての攻撃参加」なのか、それとも「単にトップ下の位置でプレイしたい」からという「エゴイスティックなプレイ」なのかというのが本田選手のプレイを評価するうえでの分かれ道となるのかしら?

で、そんな「エゴイスティックなプレイ」なのか、それとも「ちょっぴりリスキーだけど勇気があるいいプレイ」なのかという客観的な判断は非常に難しいわけですが、ここで前回のエントリー「中田英寿氏がシュバインシュタイガーになれなかった理由」の事例を絡めさせていただきたいと思います。まず極論&結論から申しますと、今回のドイツ大宝でのシュバインシュタイガー選手のプレイは「単なるエゴイスティックなプレイではなかった」&「状況判断に優れていた」&「合わせてプレイのレベルや質も高かった」って勝手に思っていたりします。それは本人だけの問題でなく、チームとしての戦術的な要素もたぶんに含まれているのは間違いないんでしょう。で、たぶん、そんな風に感じたのは私だけでなく、ドイツ代表の試合を見た多くの観戦者の目にも同様に映ったと思うんです。違和感なく、攻守にわたってプレイできていた。ポジションを動かない場面はそれはそれでよかったし、リスクを犯してポジションチェンジするところも違和感なく機能していた。そんな感じかなと。

で、そんなシュバインシュタイガー選手のプレイと比べて本田選手のプレイはどうだったのか? もっと言えばドイツワールドカップでの中田英寿氏のプレイはどうだったのか? ここはまぁ、人によっていろいろな見え方がするんでしょう。

人によっては、中田も本田もどちらのプレイも、別にエゴイスティックなプレイではなく「正しいプレイ」と感じた人もいるんでしょうし、人によっては「エゴイスティックだ。けしからん」と感じた人もいるんでしょうし。また別な人には「監督のタスクの与え方が悪かった、中田と本田は悪くない」と考える人もいるんでしょうし「中田と本田は正しいプレイをしようとしているのに、他の選手がそれに合わせられないのがけしからん。そんなチームにした監督はクビだと」考える人もいるのかな? もっと言えば「そもそも中田と本田をボランチで起用するのが間違い。そんなことする監督はクズ」という考えもある?

さて、上記のどれが正解なんでしょう? 全部、正解? わかりませんが、少なくとも私には上記のどれが正解かなんて、おこがましくて申し上げることはできません。もちろん、“かよわき文系帰宅部”の私が考える正解というのは存在しますが、それが絶対的な模範解答であるとは思わないし、そもそも正解は1つだけではないと思うからです。もちろん、チームを指揮する監督が考える“答え”こそが1つの模範解答であるのは間違いないとは思うんですが、それだけが正解ではないのがサッカーのおもしろいところなわけで。

■主演:中田英寿のサッカー番組

思えば、我々サッカーファンの多くが、中田英寿氏がイタリアセリエAに移籍した時に期待していたのは「主演:中田英寿のサッカー番組」であったわけです。多くの人は、ペルージャやローマやパルマやボローニャやフィオレンティーナが勝つことよりも、中田英寿氏が活躍できるかどうかという視点でサッカーを観戦しておりました。たとえば現イタリア代表監督のプランデッリ氏が監督だったころのパルマにおいては、試合に勝っているけど中田英寿氏がバランサー的に「サブキャラ」扱いされているのはけしからん、主演にしないと応援しないぞとフジテレビを通じてまくし立てたものでした。マスコミの方々も、そんな「主演:中田」を見事に後押ししてくれました。まぁ、当たり前ですよね。だって別にペルージャだから放送しているわけでなく、中田英寿氏がいるからこそテレビ放映しているわけですから。テレビ観戦者も同様。ほとんどの人が中田英寿だけを見ていたわけで、別にペルージャがどんなサッカーをしようがあまり関係なかったわけです。もちろん「中田英寿氏が輝けるシステムなのかどうか?」という点でペルージャのサッカーシステムや戦術に多くの人が注目していたとは思いますが。で、今の本田選手の状況もそれと同じなのかもしれません。別にCSKAが勝とうが負けようがどうでもよくて、大切なのは「本田が活躍できるかどうか?」だけ。もっと言えば「本田が活躍して、それが日本代表の力になればOK」という考えの人もいるのかもしれません。

で、別にそういうサッカーの見方が絶対にダメだとは思いません。むしろ、サッカーを楽しむきっかけは「そんな感じ」のがとっつきやすかったりするんでしょうし、選手中心にサッカー観戦するのだって全然OKだと思うからです。

というか、そもそも中田英寿氏にせよ本田選手にせよ、本人からすればセリエAペルージャやパルマやCSKAでは助っ人という立場でチームにいるわけで。そんな、“助っ人”がサブキャラクターであってはいけないという感覚なのかもしれません。

確かに「助っ人=主演」くらいの扱いでないと海外でプレイできない気もします。だからこそ、海外で成功できたんでしょうし。なので、中田氏や本田選手が「エゴイスト」になるのは、ある意味正しい姿なんですよね。チームプレイしていいプレイはしたけど目立った活躍できないよりも、チームは負けても自分さえ活躍して地位を築くほうが大切だったわけです。

■「主演」を演じることの難しさ

そう、それは忘れてはならないんですよね。そういう「ある種エゴイスクックなプレイで活躍して地位を築くこと」自体は簡単なことではなく、それを助っ人としてやってのけるのは、めちゃめちゃ難しいということは。中田英寿氏や過去にそれを実現したことは、もう、絶対的に評価すべきことであるのは間違いないわけで、それは今現在の本田選手も同様。欧州のクラブで、見事に「主演」を演じることができるその力量は間違いなくすばらしいわけです。

■ある光

ただ、あえてここで言いたいことは、その「主演:中田」「主演:本田」という視点は、絶対的に正しい解答ではないということ。もちろん、それで正しいときもあるとは思うけど、必ずしも正しくない時もある。むしろ間違いのときもある。

私が前回のエントリー「中田英寿氏がシュバインシュタイガーになれなかった理由」で言いたかったのは、そんなことです。そのエントリーにコメントいただいた方々も、きっとそんな感じで考えてくれていて、その1つの参考例を示してくれているのがそれであるのだと思ってます。

■まとめ

最後に強引にまとめると、結局、選手に問われるのは、そのプレイの「意図」と「状況判断能力」であるとは思うんですよ。特にボランチの選手に求められるのは、それかなと。で、その「意図」や「判断」は、ある程度、監督と摺り合わせができてないとヤバイと思うんです。なぜなら、ボランチはチームの心臓であり、「チームの屋台骨」であると思うから。攻守においてのバランサーであり、そこで求められるのは「エゴイスティックなプレイ」でなく「敬虔さ。ぼくのアーバンブルースへの貢献」的なチーム全体のことを考えたプレイでなくてはならないと思うんです。「水を運ぶ人という概念」だって当たり前のように求められると思うし、もっと言うと監督の考えるサッカー哲学を1番わかってないといけないポジションであると思うんです。というか監督云々言う以前の問題として、「サッカーの本質」がわかってないと勤まらないポジションとでも言いますか。

つまり小沢健二はすごいということです。文系的な視点から言うと。って、何が文系なのかわからないけど(笑)。

小沢健二 - ある光
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コメント(5件)

内 容 ニックネーム/日時
文系⇔理系

文化系⇔体育会系

とりあえず。意味を混合されておられるようなので。
「体育会系」と相対するのは「文系」ではないと思いますよ。念のため。

で、解答は複数あると熱弁されていますが、
そうじゃなくて、設問がそもそも変だと思うので。

シュバイニに中田はなれなかったんですか?
なぜ、前者が○で、後者が×という前提なのか。
味噌汁の中のネギと、コーンスープの中のクルトンを比べるくらい
ズレた設問に感じるんですが。

今度はクラブチームでの本田まで持ちだしてますが、
本田は、シュバイニ側ではなく中田側なんですか?主演願望があるから?
「エゴイスト」だから?守備に貢献していないから?本当ですか?
アルゼンチン戦のシュバイニのドリブル突破からのアシストは?

わざわざ「ある光」を頓珍漢に引用してまで言いたかったことが、
ボランチは、チーム全体のことを考えたプレイが求められるポジションで、
監督の哲学、いやサッカーという競技の体現者だ!!って。へぇ〜。
マジコ
2010/07/23 01:01
>マジコさんへ
本田選手の「無言の抵抗」の記事と比較しています。ごめんなさい、あなたのこと何も知りませんし、知りたくもないんですが、いちゃもんつけたいなら自分でブログ開設されてそこで書かれたほうが建設的だと思いますよ。クレジットカードがもてない方ならそれは難しいのかもしれませんが、あなたには見込みがあると思うんで提案します。ぜひ検討してみてくださいね。
doroguba
2010/07/23 03:06
ご提案有難う御座います。検討してみます。
引き続き、自称文系勘違いブログを応援させて頂きます。

2010/07/23 15:30
なるほど。ボランチって華がありますね。
本人たちにその自覚あるんですかね。

ヒデはパスだけでなくキックもヘッドもオーバーヘッドもあったけど、ボール奪取もうまかった。センスは抜群だった。
自覚があればジーコが小野を入れたとき、ボランチのポジションを捨てることはなかったか。

本田は体強いし走れるようになったけど、日本の前線の選手らしく守備は苦手。彼は向上心・吸収力で有能になりつつある。
日本人の前線のプレスって凄い頑張って取ろうとするんで、アピールにはなってるんだろうけど本業で疲れている気がする。
ボール奪取は技術。それをフィジカル(物質の、物理の、肉体の)というあいまいな言葉で片付けない方がいいと思う。

CSKAには本田より決定力のあるアタッカーが揃っている。中盤にボール奪取に長けた選手がいる。監督も本田のパスセンスとキープ力を買っている。
本田が前でどうしてもやりたいなら出て行くのかもしれない。
中盤で勉強しながらポジションを奪いに行くのかもしれない。
一生懸命のプレイをエゴで片付けていいだろうか。間違っていたら注意して、注意されたら感謝して直せばいい。
W杯で証明したように彼は献身的。
中盤の魅力に目醒めてポリヴァレントになれたら凄い。
CSKA352
2010/07/23 20:10
>CSKA352さんへ
コメントありがとうございます。「ボール奪取は技術。それをフィジカル(物質の、物理の、肉体の)というあいまいな言葉で片付けない方がいいと思う」は確かにそうかもしれませんね。マケレレとかもそんな感じでしたし。本田選手はどうなるんでしょうか。「中盤の魅力に目醒めてポリヴァレントになれたら凄い」は同意ですが、変に器用貧乏になるおそれもあるんですかね?
doroguba
2010/07/27 22:35
中田英寿氏がシュバインシュタイガーになれなかった理由 PART2 または無言の抵抗の意図 doroguba*footballcolumn*/BIGLOBEウェブリブログ
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