世界クラブ選手権について考察  トヨタカップとの関係と12月開催の理由

いよいよ開幕が近づいてきた。ほかでもない、12月に日本で開催される「FIFAクラブワールドチャンピオンシップ トヨタカップ ジャパン2005」である。これまでトヨタカップとして親しまれてきた、南米と欧州の覇者が世界一の座を懸けて戦うインターコンチネンタル・カップを拡大し、世界の6大陸のクラブ・チャンピオンによるクラブ世界一決定戦として新たなスタートを切ることになった。
 http://sportsnavi.yahoo.co.jp/soccer/toyotacup/2005/column/200510/at00006381.html

チャンピオンズリーグのチェルシー対ベティス戦ですが、残念ながらまだ見れてません。で今日は、そのチャンピオンズリーグの延長戦にあると言われている世界クラブ選手権についてちょいと。個人的には正直あまり好ましく思っていないのですが、いくつかあるその好ましくない理由のうちその最大のものは「開催時期」にあったりします。

なぜに12月開催なのか? 前身のトヨタカップが12月であったかですか?

そもそもトヨタカップが12月に行われていた理由はいったどういうものであったのか?
その理由が、スポナビのコラムに載ってました。

「とにかくスポンサーに対しての責任、会社に対しても何とか説得したんですが、すると今度はジャック・K坂崎さんが出てくるんですね。ウエスト・ナリー(※3)を使って『2月に(開催ということで)どうだ』という話になっていて。しかしこっちとしては、81年の12月開催の予定で話を進めていたのに、2月という話も出てきて、さてこれはどうしたものかと思いましたね」●●当初、電通は第1回トヨタカップ開催を81年12月に予定していた――それは、入江氏の証言で初めて分かったことであった。どうやら日本テレビが大会実現の可能性の調査を依頼していた、ジャック・K坂崎氏(あるいはウエスト・ナリー)と電通との間に、情報の行き違いがあったようである。結果として大会は、10カ月も前倒しで開催されることになった。およそ現在では考えられない、実に興味深い話である●●
http://sportsnavi.yahoo.co.jp/soccer/toyotacup/2004/column/200412/at00003222.html
――話を戻します。ノッティンガムの交渉が成立したのが、おそらく10月くらいだと思われるのですが、そこから2月開催に向けてスタートしたということでしょうか?
「後藤さんには『次のチャンピオンが決まる前に開催しないと、今の2チームでやるのは不自然だ』と言ったんです。ただし年内では早すぎるということで、81年の2月11日になった。で、次の大会は同じ年の12月に開催されているんです。
 後藤さんとしては、本当は80年の後半にやりたかったようですが、それは相手があることだから無理だと。それに、翌年の夏にはチャンピオンが変わってしまうので、できなくなる可能性が出てくる。だから、次のチャンピオンが決まる前にやらなければならないということで、トヨタも難色を示していたけれど、もうゴリ押しですよ。やりたいんだったら、この時期にやらなければダメだと。結果的にはトヨタも乗ってきたわけですが」
http://sportsnavi.yahoo.co.jp/soccer/toyotacup/2004/column/200412/at00003247.html
「そうしたら、一国開催での一発勝負だったらあり得ると。シーズンオフで、一国開催の一発勝負でやるんだったら、欧州は応じてよいというんですよ。南米はまあ、どこでやっても勝つんだ、という感じでしたから。そこで、ちょっと可能性を感じたものだから、今度は『果たして日本でできるのかどうか』ですよ。
 まず、お客さんは来るのか。当時はまだ“冬の時代”でしたから、ただでさえ寂しい状況の中で、世界の一流が来てものすごい試合をやられたらね、『日本のサッカーはこんなに貧しいのか、情けないのか』って、正体見たりってことになるんじゃないかという懸念を持つ人はいましたよ」http://sportsnavi.yahoo.co.jp/soccer/toyotacup/2004/column/200412/at00003273.html

詳しくはスポナビのコラムを読んでもらいたいのですが、当時の欧州サッカー界のスケジュールの都合と、日本でサッカーのイベントを成功させるための営業的な都合から12月開催ということになったみたいですね。

当時はそれでよかったのかもしれませんが、じゃ今現在はどうなんでしょう?

営業的に考えれば12月というのがいいのかもしれませんが…、リバプールが参加に難色を示したことからもわかるようにスケジュール的には欧州のクラブにとっては厳しいものになっているのが現状なわけです。まぁもともと2月や12月開催を唱えたのは欧州のクラブであったわけでそう考えると自業自得な気もするのですが、今は1980年でなくて2005年。

当時とは欧州サッカー界のスケジュールも違ければ、日本のサッカー文化も違うわけです。スケジュールの問題は非常に重要だと思ってます。例えばサッカーW杯。4年に1度のこの世界のサッカーの祭典は世界各国で多少の違いはあれど、国際Aマッチデーという世界共通のスケジュールの元で予選が運営されてます。そして、だいたい同じような時期に出場国が決まって、各国のクラブリーグのスケジュールを調整して大会が行われるわけです(まぁそれでもスケジュール的には厳しいものはありますし、ヨーロッパのサッカー界が中心であるわけですが)。 

世界クラブ選手権をW杯と同じくらいの大会にしたいのならば、まずはこのスケジューリングの部分を調整しないとうまくいかないのではないでしょうか?

もちろん簡単にはいかないと思いますし、いろいろ調整しなければならないところもあると思うのですが、それが実現しないと結局はこれまでのトヨタカップと同様、単なる「祭り」で終わってしまう可能性は高いと思っています。まぁそれはそれでOKなのかもしれませんが。

最後に元電通プロデューサー広瀬一郎氏の言葉でこの項を終了。明日はチェルシー対ベティス戦について書くつもりです。

「そう、そこで僕は『サッカーのクラブ世界一』というコピーに、ある意図を感じるんだ。だって、それ以前は『インターコンチネンタルカップ』という名称はあっても『世界一』というのはうたっていないんだから。そこであえて『世界一』をうたうことでスポンサー・メリットを持たせているわけ。『世界一の大会を、初めて日本に持ってくることができますよ』という、これはスポンサーに対するくすぐりなんだよ。
 さらに言えば、この大会は本来FIFA(国際サッカー連盟)は関係ないんだよね。純粋にUEFA(欧州サッカー連盟)とCONMEBOL(南米サッカー連盟)の大会だった。ところが『世界一』を銘打つために、わざわざFIFAに頭を下げたわけだよ。そういう明らかな意図が見えるわけ、商品価値としてね」http://sportsnavi.yahoo.co.jp/soccer/toyotacup/2004/column/200412/at00003160.html
「そうでしょう。93年に(イングランドで)プレミアリーグが始まり、それからボスマン判決(※5)があり、欧州サッカーがバブルになってしまってからは、南米にスター選手がいなくなったよね。そうなるともう『欧州vs南米』じゃなくて『世界vs南米』って構図になるじゃない。南米の名門が来日しても、最初から引き分け狙いとか、訳の分からないサッカーをやるわけ。だから90年代の終わりくらいから『もう、トヨタカップをやる意味はないんじゃないかな』って思うようになったね」
http://sportsnavi.yahoo.co.jp/soccer/toyotacup/2004/column/200412/at00003160.html


追記:日本代表の対戦相手がまたまた変更したみたいですね。アンゴラですか、まぁアフリカの国ならどこでもいいということのかもしれませんが、なんだかバタバタし過ぎの様な。世界クラブ選手権のことや、次の監督人事でいそがしいのかもしれませんが、まずはドイツW杯に全力投球してくださいな。


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