トルシエ日本代表を振り返って

「6月の勝利の歌を忘れない」を見返すと、当時のトルシエは最終ラインの高さに異常にこだわっていたことに改めて気がつく。ちょっと前に書いたトルシエ語録のエントリーがそれだ。トルシエはボールをポゼッションすることは二の次で、ともかく中盤のプレッシングと最終ラインが五メートル上がることを気にし、選手にそれを注文した。
ノルウェーとの親善試合やベルギー戦では最終ラインの裏を突かれオフサイドトラップを失敗し失点したが、それでもトルシエは最終ラインの高さを変えることはしなかった。
どうして、トルシエはそんなに最終ラインを高くすることにこだわっていたのだろうか?
オフサイドトラップが失敗することの弊害よりも、最終ラインの位置が低くなることによる弊害を恐れていたということなのだろうか。
同じプレッシング守備主義者であっても、モウリーニョはトルシエとは違う考え方をしていた。

モウリーニョはオフサイドトラップ失敗の怖さを知っており、チェルシー監督時代はなにがなんでも最終ラインを上げて対処するよりも、状況に応じて最終ラインを含めた守備ブロック自体を下げてスペースを消して対処する守備戦術を採用していた。

合わせてフォーバックの前にフォアリベロを置くフォーメーションを採用しており、中盤のプレッシングが掛からない場合でも、簡単にゾーンが崩壊しにくいシステムを採用していたのもトルシエジャパンとの違いだった。

何よりもボールポゼッションに対する考え方の違いが顕著だった。

トルシエはポゼッションするよりも最終ラインに五メートル上がる進歩を求めたが、モウリーニョは最終ラインでボールをポゼッションして「休む」ことを求めた。

ジーコのようにブラジルの帝王学的なポゼッション理論でなく、守備組織の機能向上という観点からのポゼッション理論ではあったが、自らがボールをポゼッションするという視点があるとないとでは大違いだった。
トルシエはサンドニ以降にポゼッションという視点を捨てたのかもしれないが、捨てるのではなくポゼッションに対する考え方や発想を変えるべきだったように思う。

ジーコは2002年の時点ですぐに日本代表のポゼッション的発想の欠如を察知したのはさすがだったが、ブラジルの帝王学をいきなり持ち込んだのはちょっと無理があったのかもしれない。
以上、改めて2002年のトルシエジャパンを振り返っての感想でした。

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